「黒=原文」・「青=現代語訳」
解説・品詞分解はこちら源氏物語『車争ひ』解説・品詞分解(1)
【主な登場人物】
大将殿=光源氏。亡き母(桐壷の更衣)によく似た藤壺の女御に恋心を寄せ続ける青年。元服の際に、左大臣家を光源氏の後ろ盾にと考えた桐壷帝の意向により左大臣家の娘である葵の上と結婚させられるが、年の差などが原因で関係はよくなく、他の女性(空蝉・花散里・六条の御息所・夕顔など)に気持ちを向けていた。いろいろあった後、葵の上の懐妊を機に心を通わせていく。
大殿=葵の上。左大臣家の姫君。本章の「車争ひ」にて六条の御息所に恨まれることとなり、夕霧を出産した後に死亡する。
御息所=六条の御息所。身分・プライドが高く嫉妬心が強いため、生霊をつくってしまい、光源氏と良い関係にある女性(夕顔・葵の上・紫の上)を苦しめる。
大殿(おほとの)には、かやうの御歩きもをさをさしたまはぬに、
大殿(葵の上)は、このようなお出かけもめったになさらない上に、
御心地さへ悩ましければ、思しかけざりけるを、
(妊娠中で)ご気分まで悪いので、(光源氏も参列する御禊(ごけい)の見物のことは)全くお考えもしていなかったが、
若き人びと、「いでや。おのがどちひき忍びて見侍らむこそ、はえなかるべけれ。
若い女房たちが、「いやもう、私どもだけでひっそりと見物しますとしても、そのようなことは見栄えがしないでしょう。
おほよそ人だに、今日の物見には、
(光源氏と)ご縁のない人たちでさえ、今日の物見には、
大将殿をこそは、あやしき 山がつさへ見奉らむとすなれ。
(まず)大将殿(光源氏)を、卑しい田舎者までが拝見しようとしているそうです。
遠き国々より、妻子を引き具しつつも参で来なるを。
遠い国々から、妻子を引き連れてまでも上京して参って来るそうですのに。
御覧ぜぬは、いとあまりも侍るかな。」と言ふを、大宮聞こし召して、
(それなのに)御覧にならないのは、まったくあんまりでございますよ。」と言うのを、大宮(葵の上の母)がお聞きになって
「御心地もよろしき隙(ひま)なり。候(さぶら)ふ人びともさうざうしげなめり。」とて、
「(見たところ、あなたの)ご気分もまあまあよろしい折です。お仕えしている女房達も物足りなさそうです。(なので、見物なさってはいかがですか。)」と言って、
にはかにめぐらし仰せ給ひて、見給ふ。
急に(見物の準備をするよう大宮が)お触れを回しなさって、(葵の上は御禊の行列を)ご見物に(お出かけに)なる。
(2)
日たけゆきて、儀式もわざとならぬさまにて出で給へり。
日が高くなって、お支度も特に改まったふうでない様子で(葵の上は)お出かけになった。
隙もなう立ちわたりたるに、よそほしう引き続きて立ちわづらふ。
物見の車が隙間もなく立ち並んでいる所に、(葵の上たちは)立派に整って列をなしたまま車を止めるのに困っている。
よき女房車多くて、雑々の人なき隙を思ひ定めて、皆さし退けさするなかに、
身分の高い女性の車が多いので、(その中に)身分の低い者がいない場所を見つけて、(その辺の車を)みな立ち退かせる中に、
網代(あじろ)のすこしなれたるが、下簾(しもすだれ)のさまなどよしばめるに、いたう引き入りて、
網代車で少し使いならした車が、下簾の様子などが由緒ありげなうえに、(乗車している女性が)奥の方に乗っていて、
ほのかなる袖口、裳(も)の裾、汗衫(かざみ)など、ものの色、いときよらにて、ことさらにやつれたるけはひしるく見ゆる車、二つあり。
わずかに見える袖口、裳の裾、汗衫など、衣服の色合いがたいそう美しくて、わざと地味で目立たないようにしている様子がはっきりと分かる車が二両ある。
※お忍びで来ている六条の御息所の車である。
「これは、さらにさやうにさし退けなどすべき御車にもあらず。」と、口強くて、手触れさせず。
「この車は、決してそのように押しのけなどしてよい御車でもない。」と、(六条の御息所の車を引く供人は)強く言い張って、(車に)手を触れさせない。
いづかたにも、若き者ども酔ひ過ぎ、立ち騒ぎたるほどのことは、えしたためあへず。
どちらの側でも、若い連中が酔い過ぎてわいわい騒いでいる時のことは、とても抑止することはできない。
おとなおとなしき御前の人びとは、「かくな。」など言へど、えとどめあへず。
年配で分別のある御前駆の人々は、「そのようなことはするな」などと言うけれど、とても抑えられるものではない。
続きはこちら源氏物語『車争ひ』現代語訳(3)(4)