蜻蛉日記(かげろうにっき)
作者:藤原道綱母(ふぢわらのみちつなのはは)
「黒=原文」・「赤=解説」・「青=現代語訳」
原文・現代語訳のみはこちら蜻蛉日記『嘆きつつひとり寝る夜・うつろひたる菊』現代語訳
問題はこちら蜻蛉日記『嘆きつつひとり寝る夜・うつろひたる菊』問題1
さて、九月(ながつき)ばかりになりて、出でに たるほどに、箱のあるを、手まさぐりに開けてみれば、 人のもとにやら むとしける文あり。
に=完了の助動詞「ぬ」の連用形、接続は連用形
たる=完了の助動詞「たり」の連体形、接続は連用形
手まさぐり=名詞、手先でもてあそぶこと、手慰み
ば=接続助詞、直前が已然形だから①原因・理由「~なので、~から」②偶然条件「~ところ・~と」③恒常条件「(~する)といつも」のどれかであるが、文脈判断をして②の意味でとる。ちなみに、直前が未然形ならば④仮定条件「もし~ならば」である。
やら=ラ行四段動詞「遣(や)る」の未然形、送る、届ける
む=意志の助動詞「む」の終止形、接続は未然形。この「む」は、㋜推量・㋑意志・㋕勧誘・㋕仮定・㋓婉曲の五つの意味があるが、文末に来ると「㋜推量・㋑意志・㋕勧誘」のどれかである。あとは文脈判断。
ける=過去の助動詞「けり」の連体形、接続は連用形
さて、九月ごろになって、(作者の夫の兼家が)出て行ってしまった時に、文箱があるのを手慰みに開けて見ると、他の女のもとに届けようとした手紙がある。
あさましさに見て けりとだに知られ むと思ひて、書きつく。
あさましさ=名詞、意外であきれること、驚きあきれること。「形容詞+さ」で名詞化したもの
て=完了の助動詞「つ」の連用形、接続は連用形
けり=過去の助動詞「けり」の終止形、接続は連用形
だに=副助詞、強調:(せめて)~だけでも。類推:~さえ
れ=受身の助動詞「る」の未然形、接続は未然形。「る」には「受身・尊敬・自発・可能」の四つの意味があるがここは文脈判断。
む=意志の助動詞「む」の終止形、接続は未然形。この「む」は、㋜推量・㋑意志・㋕勧誘・㋕仮定・㋓婉曲の五つの意味があるが、文末に来ると「㋜推量・㋑意志・㋕勧誘」のどれかである。あとは文脈判断。
意外なことだとあきれて(自分が)見てしまったということだけでも(夫の兼家に)知られようと思って、書きつける。
うたがはし ほかに渡せる ふみ見れば ここやとだえに ならむとすらん
る=完了の助動詞「り」の連体形、接続はサ変なら未然形・四段なら已然形
ば=接続助詞、直前が已然形だから①原因・理由「~なので、~から」②偶然条件「~ところ・~と」③恒常条件「(~する)といつも」のどれかであるが、文脈判断をして②の意味でとる。ちなみに、直前が未然形ならば④仮定条件「もし~ならば」である。
や=疑問の係助詞、結びは連体形となる。係り結び
とだえ=名詞、途切れること、男女の仲が途絶えること
む=推量の助動詞「む」の終止形、接続は未然形。この「む」は、㋜推量・㋑意志・㋕勧誘・㋕仮定・㋓婉曲の五つの意味があるが、文末に来ると「㋜推量・㋑意志・㋕勧誘」のどれかである。あとは文脈判断。
らん=現在推量の助動詞「らむ」の連体形が音便化したもの、接続は終止形(ラ変なら連体形)。「(今頃)~だろう」。係助詞「や」を受けて連体形となっている。係り結び。基本的に文末だと「現在推量・現在の原因推量」、文中だと「現在の伝聞・現在の婉曲」の意味で用いられる。
疑わしいことです。他の女性に送る手紙を見ると、ここへ(あなたが訪れること)は、途絶えようとしているのでしょうか。
など思ふほどに、むべなう、十月(かみなづき)つごもり方(がた)に、三夜(みよ)しきりて見え ぬときあり。
むべなう=案の定、思った通り
つごもり(方)=名詞、末ごろ、月の下旬・最終日。晦日(つごもり)。「方」は接尾語。対義語は「朔日(ついたち)」
しきり=ラ行四段動詞「頻(しき)る」の連用形、度重なる、繰り返して起こる
見え=ヤ行下二動詞「見ゆ」の未然形、来る、やって来る。「ゆ」には「受身・自発・可能」の意味が含まれたりもしており、「見ゆ」には多くの意味がある。
ぬ=打消の助動詞「ず」の連体形、接続は未然形。直後に体言「とき」が来ているため連体形だと判断して、「打消」の助動詞だと分かる。完了・強意の助動詞「ぬ」の連体形は「ぬる」である。
などと思ううちに、思った通り、十月の末ごろに三晩続けて来ないときがあった。
つれなうて、「しばし試みるほどに。」など気色(けしき)あり。
つれなう=ク活用の形容詞「つれなし」の連用形が音便化したもの、平然としている、素知らぬ顔だ。冷ややかだ、冷淡だ。「連れ無し」ということで、関連・関係がない様子ということに由来する。
気色(けしき)=名詞、様子、状態。ありさま、態度、そぶり
(それにもかかわらず、夫の兼家は)素知らぬ顔で、「しばらく(あなたの気持ちを)試しているうちに。」などというそぶりである。
これより、夕さりつ方(かた)、「内裏(うち)に、逃るまじかり けり。」とて出づるに、
内裏(うち)=名詞、宮中、内裏(だいり)。宮中の主要な場所としては紫宸殿(重要な儀式を行う場所)や清涼殿(天皇が普段の生活を行う場所)などがある。
まじかり=不可能の予測の助動詞「まじ」の連用形、接続は終止形(ラ変なら連体形)
けり=詠嘆の助動詞「けり」の終止形、接続は連用形。①和歌での「けり」②会話文での「けり」③なりけりの「けり」では「詠嘆」の意味に警戒する必要がある。①はほぼ必ず詠嘆だが、②③は文脈判断。ここで間接経験の「過去」の意味だと文脈上おかしい。
ここ(私の家)から、夕方ごろ、「内裏(宮中)に断れそうにない用事があるのだ。」と(夫の兼家が)出かけるので、
心得 で、人をつけて見すれ ば、「町小路(まちのこうじ)なるそこそこになむ、止まりたまひ ぬる。」とて来たり。
心得=ア行下二動詞「心得(こころう)」の未然形、事情などを理解する。ア行下二段活用の動詞は「得(う)」・「心得(こころう)」・「所得(ところう)」の3つしかないと思ってよいので、大学受験に向けて覚えておくとよい。
で=打消の接続助詞、接続は未然形。「ず(打消しの助動詞)+して(接続助詞)」→「で」となったもの。
見すれ=サ行下二動詞「見す」の已然形、見させる
ば=接続助詞、直前が已然形だから①原因・理由「~なので、~から」②偶然条件「~ところ・~と」③恒常条件「(~する)といつも」のどれかであるが、文脈判断をして②の意味でとる。ちなみに、直前が未然形ならば④仮定条件「もし~ならば」である。
なる=存在の助動詞「なり」の連体形、接続は体言・連体形。「なり」というと基本的に「断定」の意味だが、直前に「場所を表す体言」が来るとこのように「存在」の意味となる。訳:「~にある」
なむ=強調の係助詞、結びは連体形となる。係り結び
たまひ=補助動詞ハ行四段「たまふ」の連用形、尊敬語。動作の主体(止まった人)である兼家を敬っている。
ぬる=完了の助動詞「ぬ」の連体形、接続は連用形。係助詞「なむ」を受けて連体形となっている。係り結び
たり=完了の助動詞「たり」の終止形、接続は連用形。よって、直前の「来」は連用形であり、「き」と読む。
(私は)納得できず(おかしいと思って)、召し使いの者をつけて見させると、「町の小路にあるどこそこに、お止まりになりました。」と(召し使いの者は)言って帰って来た。
さればよと、いみじう 心憂しと思へども、言はむやうも知らであるほどに、二、三日(ふつかみか)ばかりありて、暁方(あかつきがた)に、門をたたくときあり。
さればよ=はたしてそうだ、思った通りだ。「され(ラ変動詞・已然形)/ば(接続助詞)/よ(間投助詞)」
いみじう=シク活用の形容詞「いみじ」の連用形が音便化したもの、(いい意味でも悪い意味でも)程度がひどい、甚だしい、とても
心憂し=ク活用の形容詞「心憂し」の終止形、つらい、情けない、嘆かわしい、いやだ
ども=逆接の接続助詞、活用語の已然形につく。~けれども
む=婉曲の助動詞「む」の連体形、接続は未然形。この「む」も、㋜推量・㋑意志・㋕勧誘・㋕仮定・㋓婉曲の五つの意味があるが、先程とは異なり文中に来ると「㋕仮定・㋓婉曲」のどれかである。あとは文脈判断であるが、直後に体言が来ると婉曲になりがち。訳:「言いようも分からないで」。この「む」を「意志」の意味でとらえる説もあるため、前記のように訳して誤魔化すべし。
で=打消の接続助詞、接続は未然形。「ず(打消しの助動詞)+して(接続助詞)」→「で」となったもの。
思った通りだと、たいそう嘆かわしいと思うけれども、言いようも分からないでいるうちに、二、三日ほどして、明け方に門をたたくときがあった。
さ な めりと思ふに、憂くて開けさせ ね ば、例の家とおぼしきところにものし たり。
さ=副詞、そう、そのように
な=断定の助動詞「なり」の連体形が音便化したもの、接続は体言・連体形
めり=推定の助動詞「めり」の終止形、接続は終止形(ラ変なら連体形)。視覚的なこと(見たこと)を根拠にする推定。ちなみに推定の助動詞「なり」は聞いたことを根拠にする推定。
憂く=ク活用の形容詞「憂し」の連用形、いやだ、にくい、気に食わない、つらい
させ=使役の助動詞「さす」の未然形、接続は未然形。「さす」には「使役・尊敬」の二つの意味があるが、直後に尊敬語が来ていないときには必ず「使役」の意味になる。
ね=打消の助動詞「ず」の已然形、接続は未然形
ば=接続助詞、直前が已然形だから①原因・理由「~なので、~から」②偶然条件「~ところ・~と」③恒常条件「(~する)といつも」のどれかであるが、文脈判断をして②の意味でとる。ちなみに、直前が未然形ならば④仮定条件「もし~ならば」である。
ものす=サ変動詞「ものす」の連用形、ある、いる。行く、来る。(代動詞として)~をする
たり=完了の助動詞「たり」の終止形、接続は連用形
その(夫の兼家が訪れて来た)ようだと思うと、気に食わなくて、(門を)開けさせないでいると、例の家(町の小路の女の家)と思われるところに行ってしまった。
つとめて、なほもあらじと思ひて、
つとめて=名詞、早朝、翌朝
なほ=副詞、なにもしないで、そのまま、平凡に、普通に
じ=打消意志の助動詞「じ」の終止形、接続は未然形
翌朝、そのままにしてはおくまいと思って、
嘆きつつ ひとり寝(ぬ)る夜の あくる間は いかに久しき ものとかは知る
つつ=接続助詞、①反復「~しては~」②継続「~し続けて」③並行「~しながら」④(和歌で)詠嘆、ここでは③並行「~しながら」の意味。
寝る=ナ行下二動詞「寝(ぬ)」の連体形
あくる=掛詞、「明くる」と「開くる」が掛けられている。
掛詞を探すときのポイント(いずれも例外有り)
①ひらがなの部分
②和歌に至るまでの経緯で出て来た単語
③地名などの固有名詞
か=反語の係助詞、結びは連体形となる。係り結び
は=強調の係助詞。現代語でもそうだが、疑問文を強調していうと反語となる。「~か!(いや、そうじゃないだろう。)」。なので、「~かは・~やは」とあれば反語の可能性が高い。
知る=ラ行四段動詞「知る」の連体形。係助詞「か」を受けて連体形となっている。係り結び
嘆きながら一人で寝る夜が明けるまでの間は、どんなに長いものか分かりますか。(いえ、分からないでしょう。)
※作者のつらいと思う心情を訴え、また、門が開くまでの間も待てない兼家に皮肉を言っている。
と、例よりはひき繕ひて書きて、移ろひ たる菊に挿したり。
例=名詞、いつもの事、ふだん。ためし、先例。習わし、習慣。普通
ひき繕ひ=ハ行四段動詞「ひき繕ふ」の連用形、注意を払う、欠点を直す。身だしなみなどを整える
移ろひ=ハ行四段動詞「移ろふ」の連用形、色あせる、衰える。色が変わる。移動する。時間が過ぎる
たる=完了の助動詞「たり」の連体形、接続は連用形
たり=完了の助動詞「たり」の終止形、接続は連用形
と、いつもよりは注意を払って書いて、色あせた菊に挿し(て手紙を送っ)た。
※「うつろひたる菊」の意味はいくつか考えられる。
①兼家の心が別の女に移ったこと暗示しており、遠まわしに兼家を批判している。
②この菊のようにあなたの私に対する愛情も色あせたことですね、と遠まわしに兼家を批判している。
③色あせ衰えたこの菊のように、私もあなたの愛を失って弱っております、と遠まわしに兼家を批判している
返り言、「あくるまでも試み むとしつれ ど、
あくる=ラ行下二動詞「明く」の連体形。「明くる」と「開くる」が掛けられている。
試み=マ行上一動詞「試みる」の未然形。上一段活用の動詞は「{ ひ・い・き・に・み・ゐ } る」
む=意志の助動詞「む」の終止形、接続は未然形。この「む」は、㋜推量・㋑意志・㋕勧誘・㋕仮定・㋓婉曲の五つの意味があるが、文末に来ると「㋜推量・㋑意志・㋕勧誘」のどれかである。あとは文脈判断。
つれ=完了の助動詞「つ」の已然形、接続は連用形
ど=逆接の接続助詞、接続(直前に来る用言の活用形)は已然形
返事は、「夜が明けるまで待とうと試みたけれど、
とみなる召し使ひの、来合ひたり つれ ば なむ。いと理(ことわり)なり つる は。
とみなる=ナリ活用の形容動詞「頓(とみ)なり」の連体形、急である、急用だ
たり=完了の助動詞「たり」の連用形、接続は連用形
つれ=完了の助動詞「つ」の已然形、接続は連用形
ば=接続助詞、直前が已然形だから①原因・理由「~なので、~から」②偶然条件「~ところ・~と」③恒常条件「(~する)といつも」のどれかであるが、文脈判断をして①の意味でとる。ちなみに、直前が未然形ならば④仮定条件「もし~ならば」である。
なむ=強調の係助詞。結びは連体形となるが、ここでは省略されている。結びの省略。
理なり=ナリ活用の形容動詞「理なり」の連用形、当然である、もっともだ
つる=完了の助動詞「つ」の連体形、接続は連用形
は=強調の係助詞
急用の召使の者が、来合わせたので。(あなたのお怒りも)まことにもっともなことである。
げにやげに 冬の夜ならぬ まきの戸も おそくあくるは わびしかりけり」
げに(実に)=副詞、まことに、なるほど、ほんとうに
なら=断定の助動詞「なり」の未然形、接続は体言・連体形
ぬ=打消の助動詞「ず」の連体形、接続は未然形
わびしかり=シク活用の形容詞「わびし」の連用形、つらい、苦しい、情けない、困ったことだ
けり=詠嘆の助動詞「けり」の終止形、接続は連用形。「けり」は過去の意味で使われることがほとんどだが、①和歌での「けり」②会話文での「けり」③なりけりの「けり」では詠嘆に警戒する必要がある。①はほぼ必ず詠嘆だが、②③は文脈判断
まことにまことに、(冬の夜はなかなか明けないものであるが、)冬の夜ではない真木の戸も遅く開くのを待つのはつらいことですよ。」
※「げにげに」と共感し、妻の言い分を認めているが、妻の和歌の「嘆きつつ」の核心に迫らず、自分もつらいと言い訳して、素知らぬふりを通している。
さても、いとあやしかり つるほどに、ことなしび たり。
さても=副詞、そういう状態でも、そのままでも、そうであっても、それでもやはり
あやしかり=シク活用の形容詞「あやし」の連用形、不思議だ、疑わしい。不審だ。
つる=完了の助動詞「つ」の連体形、接続は連用形
ことなしび=バ行上二動詞「ことなしぶ」の連用形、何気ないふりをする
たる=存続の助動詞「たり」の終止形、接続は連用形
それにしても、たいそう不思議なほど、(兼家は)何気ないふりをしている。
しばしは、忍びたるさまに、「内裏に。」など言ひつつ ぞあるべきを、
たる=存続の助動詞「たり」の連体形、接続は連用形
に=断定の助動詞「なり」の連用形、接続は体言・連体形
つつ=接続助詞、①反復「~しては~」②継続「~し続けて」③並行「~しながら」④(和歌で)詠嘆、ここでは②継続「~し続けて」の意味。
ぞ=強調の係助詞、結びは連体形となるが、係り結びの消滅が起こっている。本来の結びは「べき」の部分であるが、接続助詞「を」が来ているため、結びの部分が消滅してしまっている。これを「係り結びの消滅」と言う。「べき」は連体形だが、これは「を」を受けてのものである。
べき=当然の助動詞「べし」の連体形、接続は終止形(ラ変は連体形)。「べし」は㋜推量㋑意志㋕可能㋣当然㋱命令㋢適当のおよそ六つの意味がある
しばらくは、(本来、他の女のもとに通うのを)隠している様子で、「宮中に。」などと言っているべきなのに、
いとどしう 心づきなく思ふことぞ 限りなき や。
いとどしう=シク活用の形容詞「いとどし」の連用形が音便化したもの、ますます激しい、いよいよひどい
心づきなく=ク活用の形容詞「心づきなし」の連用形、心が惹かれない。気に食わない、不愉快である
ぞ=強調の係助詞、結びは連体形となる。係り結び
限りなき=ク活用の形容詞「限りなし」の連体形、この上ない。はなはだしい。係助詞「ぞ」を受けて連体形となっている。「や」は間投助詞の文末用法なので、「限りなき」の部分が文末扱いである。
や=間投助詞、意味は詠嘆
ますます激しく不愉快に思うことはこの上ないことよ。