源氏物語「須磨には、いとど心づくしの秋風に~」解説・品詞分解

『須磨・心づくしの秋風』
「黒=原文」・「赤=解説」「青=現代語訳」
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須磨には、いとど 心づくしの秋風に、海はすこし遠けれ

いとど=副詞、いよいよ、ますます。その上さらに

心づくし=名詞、深く気をもむこと、さまざまに思い悩むこと

ど=逆接の接続助詞、活用語の已然形につく

須磨では、ますます物思いを誘う秋風のために、海は少し遠いけれども、


行平の中納言の、「関吹き越ゆる」と言ひけむ浦波、夜々げにいと近く聞こえて、

けむ=過去の伝聞の助動詞「けむ」の連体形、接続は連用形。基本的に「けむ」は文末に来ると「過去推量・過去の原因推量」、文中に来ると「過去の伝聞・過去の婉曲」

夜々=掛詞、「夜」と浦波が「寄る」という意味に掛けられている。

げに(実に)=副詞、なるほど、実に、まことに。本当に

行平の中納言が、「関吹き越ゆる」と詠んだとかいう浦波が、夜ごとに実にすぐ近くに聞こえて、


またなく あはれなるものは、かかる所の秋なり けり

またなく=ク活用の形容詞「またなし」の連用形、またとない、二つとない

あはれなる=ナリ活用の形容動詞「あはれなり」の連体形。「あはれ」はもともと感動したときに口に出す感動詞であり、心が動かされるという意味を持つ。しみじみと思う、しみじみとした情趣がある

かかる=連体詞、あるいはラ変動詞「かかり」の連体形、このような、こういう

なり=断定の助動詞「なり」の連用形、接続は体言・連体形

けり=詠嘆の助動詞「けり」の終止形、接続は連用形。「けり」は過去の意味で使われることがほとんどだが、①和歌での「けり」②会話文での「けり」③なりけりの「けり」では詠嘆に警戒する必要がある。①はほぼ必ず詠嘆だが、②③は文脈判断

またとなくしみじみと心にしみて感じられるものは、こういう土地の秋なのであった。


御前にいと人少なにて、うち休みわたれ に、一人目を覚まして、

御前(おまえ)=名詞、意味は、「貴人」という人物を指すときと、「貴人のそば」という場所を表すときがある。

わたれ=補助動詞ラ行四段「わたる」の已然形、一面に~する、全員~する。~し続ける、絶えず~する

る=存続の助動詞「り」の連体形、接続はサ変なら未然形・四段なら已然形

御前に(お仕えする)人もたいそう少なくて、(その人たちも)全員眠っている時に、一人目を覚まして、


枕をそばだてて四方の嵐を聞き給ふに、波ただここもとに立ち来る心地して、

給ふ=補助動詞ハ行四段「給ふ」の連体形、尊敬語。動作の主体である光源氏を敬っている。

ここもと=代名詞、この近く、すぐそば

枕を立てて頭を高くして、四方の激しい嵐の音をお聞きになると、波がすぐそばまで打ち寄せてくるような気がして、


涙落つともおぼえ に、枕浮くばかりになり けり

おぼえ=ヤ行下二の動詞「覚ゆ」の未然形。「ゆ」には受身・自発・可能の意味が含まれており、ここでは「可能」の意味で使われている。

ぬ=打消の助動詞「ず」の連体形、接続は未然形

に=完了の助動詞「ぬ」の連用形、接続は連用形

けり=過去の助動詞「けり」の終止形、接続は連用形

涙が落ちたとも気が付かないのに、(涙で)枕が浮くほどになってしまった。


琴をすこしかき鳴らし給へ が、我ながらいとすごう 聞こゆれ 

給へ=補助動詞ハ行四段「給ふ」の已然形、尊敬語。動作の主体である光源氏を敬っている。

る=完了の助動詞「り」の連体形、接続はサ変なら未然形・四段なら已然形。直後に「音」が省略されているため連体形となっている。

ながら=接続助詞、次の③の意味で使われている。
①そのままの状態「~のままで」例:「昔ながら」昔のままで
②並行「~しながら・~しつつ」例:「歩きながら」
③逆接「~でも・~けれども」 例:「敵ながら素晴らしい」
④そのまま全部「~中・~全部」例:「一年ながら」一年中

すごう=ク活用の形容詞「すごし」の連用形が音便化したもの。もの寂しい、おそろしい、恐ろしいぐらい優れている

聞こゆれ=ヤ行下二段動詞「聞こゆ」の已然形。「ゆ」には受身・自発・可能の意味が含まれており、ここでは「自発」の意味で使われている。

ば=接続助詞、直前が已然形だから①原因・理由「~なので、~から」②偶然条件「~ところ・~と」③恒常条件「(~する)といつも」のどれかであるが、文脈判断をして①の意味でとる。ちなみに、直前が未然形ならば④仮定条件「もし~ならば」である。

琴を少しかき鳴らしなさった音が、我ながらひどく物寂しく聞こえるので、


弾きさし 給ひて、

弾きさし=サ行四段動詞「弾き止す」の連用形。「止す(さす)」は接尾語、~しかける、途中でやめる、と言った意味がある

給ひ=補助動詞ハ行四段「給ふ」の連用形、尊敬語。動作の主体である光源氏を敬っている。

途中で引くのをおやめになって、


恋ひわびて  泣く音にまがふ  浦波は  思ふ方より  風や吹くらむ

恋ひわび=バ行上二動詞「恋ひ侘ぶ」の連用形、恋に思い悩む、恋しんでつらく思う「侘ぶ(わぶ)」=つらく思う、困る

まがふ=ハ行四段動詞「紛ふ」の連体形、似通っている。入り混じって区別ができない。

や=疑問の係助詞、結びは連体形となる。係り結び。

らむ=現在推量の助動詞「らむ」の連体形、接続は終止形(ラ変なら連体形)。係助詞「や」を受けて連体形となっている。係り結び。

恋しさにつらく思って泣く声に似通って聞こえる浦波の音は、私が恋しく思う人たちのいる(都の)方角から風が吹いてくるためだからであろうか。


と歌ひ給へ に、人々おどろきて、めでたうおぼゆるに、忍ば  

給へ=補助動詞ハ行四段「給ふ」の已然形、尊敬語。動作の主体である光源氏を敬っている。

る=存続の助動詞「り」の連体形、接続はサ変なら未然形・四段なら已然形

おどろき=カ行四段動詞「おどろく」の連用形、目を覚ます、起きる。はっと気づく

おぼゆる=ヤ行下二の動詞「覚ゆ」の連体形。「ゆ」には受身・自発・可能の意味が含まれており、ここでは「自発」の意味で使われている。

忍ば=バ行四段動詞「忍ぶ」の未然形、我慢する、こらえる。人目を忍ぶ、目立たない姿になる

れ=可能の助動詞「る」の未然形、接続は未然形。「る」には「受身・尊敬・自発・可能」の四つの意味がある。平安以前では下に打消が来て「可能」の意味で用いられた。平安以前では「可能」の意味の時は下に「打消」が来るということだが、下に「打消」が来ているからといって「可能」だとは限らない。鎌倉以降は「る・らる」単体でも可能の意味で用いられるようになった。

で=打消の接続助詞、接続は未然形。「ず(打消しの助動詞)+して(接続助詞)」→「で」となったもの。

とお歌いになっていると、人々は目を覚まして、すばらしいと感じられるのにつけても、こらえられず、


あいなう起きゐつつ、鼻を忍びやかにかみわたす

あいなう=ク活用の形容詞「あいなし」の連用形が音便化したもの、わけもなく。つまらない。気に食わない。

つつ=接続助詞、①反復「~しては~」②継続「~し続けて」③並行「~しながら」④(和歌で)詠嘆、の意味があり、ここでは①反復「~しては~」の意味だと思われる。

忍びやかに=ナリ活用の形容詞「忍びやかなり」の連用形、ひそかに、そっと、人目を忍ぶ様子だ

わたす=補助動詞サ行四段「わたす」の終止形、各々が~する。一面に~する。ずっと~する。

わけもなく起き上がっては、人目を忍んで鼻を各々かむのである。


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源氏物語「須磨には、いとど心づくしの秋風に~」問題

源氏物語『須磨・心づくしの秋風』まとめ