青=現代語訳・下小文字=返り点・上小文字=送り仮名・※赤=解説
人之性ハ悪ナリ、
人の性は悪なり、
※之=の
人の本性(本来生まれながらに備わっている性質)は悪であり、
其ノ善ナル者ハ偽也。
其の善なる者は偽(ぎ)なり。
※也=なり、偽(ぎ)=人為によるもの
それが善であることは、人為によるものである。
今、人之性、生マレナガラニシテ而有レリ好レムコト利ヲ焉。
今、人の性、生まれながらにして利を好むこと有り。
※而=置き字(順接)、焉=置き字(断定・強調)
今、人の本性には、生まれながらにして利益を好むものということがある。
順レフ是ニ、故ニ争奪生ジテ而辞譲亡ブ焉。
是に順(したが)ふ、故に争奪生じて辞譲(じじょう)亡ぶ。
この本性に従ふので、奪い合いが生じて、遠慮して他人に譲るということがなくなる。
生マレナガラニシテ而有二リ疾悪一スルコト焉。
生まれながらにして疾悪(しつお)有り。
※疾悪=「疾」も「悪」も「憎む」という意味がある。
人の本性には、生まれながらにして憎悪の心があるものである。
順レフ是ニ、故ニ残賊生ジテ而忠信亡ブ焉。
是に順ふ、故(ゆえ)に残賊(ざんぞく)生じて忠信亡(ほろ)ぶ。
※残賊=「残」も「賊」も「そこなう」と言う意味。忠信=誠意や信義
この本性に従うので、他人を損ない傷つけることをし、誠意や信義が失われるのである。
生マレナガラニシテ而有二リ耳目之欲一、有レリ好二ムコト声色一ヲ焉。
生まれながらにして耳目(じもく)の欲有り、声色(せいしょく)を好むこと有り。
※声色=美しい音楽や美しい見た目(ここでは美女)
人の本性には、生まれながらにして美しいものを見たり、聞いたりしたいという欲が有り、美しい音楽や女性を好むということがある。
順レフ是ニ、故ニ淫乱生ジテ而礼義文理亡ブ焉。
是に順ふ、故に淫乱生じて礼義文理亡ぶ。
※淫乱=節度がないこと、礼儀=社会の規範や正しい生き方、文理=整った形式やすじみち、条理、秩序
この本性に従うので、節度をなくし、礼儀や秩序がなくなるのである。
然ラバ則チ従二ヒ人之性一ニ、順二ヘバ人之情一ニ、
然(しか)らば則(すなわ)ち人の性に従ひ、人の情に順へば、
そうだとすれば、人の本性に従い、感情に従うままに行動すると、
必ズ出二デ於争奪一ニ、合二シテ於犯分乱理一ニ、而帰二ス於暴一ニ。
必ず争奪に出で、犯分乱理に合して、暴に帰す。
※犯分乱理(はんぶんらんり)=「文理」が乱れる、暴=混乱した状態
必ず争奪が生じ、秩序が乱れて、混乱した状態になる。
故ニ必ズ将下ニ有二リテ師法之化・礼義之道一、然ル後ニ出二デ於辞譲一ニ、合二シテ於文理一ニ、而帰中セント於治上ニ。
故に必ず将に師法の化・礼義の道有りて、然る後に辞譲に出で、文理に合して、治(ち)に帰せんとす。
※将=再読文字「将(まさ)に~んとす」、師法之化=指導者の教化、礼義之道=礼儀による導き
だから必ず正しい指導者の教えや、礼義による導きがあって、その後に遠慮の心が生じ、秩序が保たれ、(世の中が)治まるのである。
用レテ此ヲ観レレバ之ヲ、然ラバ則チ人之性ハ悪ナルコト明ラカナリ矣。
此(これ)を用(もっ)て之を観れば、然らば則ち人の性の悪なるは明らかなり。
※此=上記の述べてきたこと、之=人の本性、矣=置き字(断定・強調)
以上のことから(人の本性について)考えると、人の本性が悪であるのは明らかである。
其ノ善ナル者ハ偽也。
其の善なる者は偽なり。
それが善であることは、人為によるものである。