「黒=原文」・「赤=解説」・「青=現代語訳」
編者:橘成季(たちばなのなりすえ)
原文・現代語訳のみはこちら古今著聞集『阿波の国の智願上人』現代語訳
阿波の国に智願上人(しやうにん)とて国中に帰依(きえ) する上人あり。
帰依(きえ)=(仏や僧に対して)深く信じてひたすら従い頼ること
する=サ変動詞「す」の連体形
あり=ラ変動詞「あり」の終止形
阿波の国に、智願上人といって、国中の人が帰依している聖人がいた。
乳母(めのと)なり ける尼、死に 侍(はべ)りて後、上人のもとに、思はざるに駄を一疋まうけ たり。
なり=断定の助動詞「なり」の連用形、接続は体言・連体形
ける=過去の助動詞「けり」の連体形、接続は連用形
死に=ナ変動詞「死ぬ」の連用形、ナ行変格活用の動詞は「死ぬ・往(い)ぬ・去(い)ぬ」
侍り=補助動詞ラ変「侍(はべ)り」の連用形、丁寧語。~です、ます。言葉の受け手(読み手)である読者を敬っている。地の文なので作者からの敬意。
※「候ふ・侍(はべ)り」は補助動詞だと丁寧語「~です、~ます」の意味であるが、本動詞だと、丁寧語「あります、ございます、おります」と謙譲語「お仕え申し上げる、お控え申し上げる」の二つ意味がある。
※補助動詞=用言などの直後に置いて、その用言に少し意味を添えるように補助する動詞。英語で言う助動詞「canやwill」みたいなもの。
※本動詞=単体で意味を成す動詞、補助動詞ではないもの。
英語だと、「need」には助動詞と通常の動詞としての用法があるが、「候ふ・侍り」も意味は違うがこれみたいなもの
ざる=打消の助動詞「ず」の連体形、接続は未然形
まうけ=カ行下二動詞「設(まう)く」の連用形、得る、利益を得る。持つ。用意する、準備する
たり=完了の助動詞「たり」の終止形、接続は連用形
(その上人の)乳母であった尼が、死にまして後に、上人のもとに、思いがけなく駄馬(荷物を運ぶための馬)を一頭手に入れた。
これに乗りてありくに、道のはやきのみにあらず、あしき道をゆき、河をわたる時も、あやふきことなく、
ありく=カ行四段「歩(あり)く」の連体形
はやき=ク活用の形容詞「速し」の連体形
ず=打消の助動詞「ず」の連用形
あしき=シク活用の形容詞「悪(あ)し」の連体形、良くない、悪い、卑しい
あやふき=ク活用の形容詞「危(あや)ふし」の連体形
なく=ク活用の形容詞「無し」の連用形
(上人が)この馬を乗って歩き回ると、脚が速いだけでなく、悪い道を(難なく)行き、河を渡る時も、危ないことがなく、
いそぐ用事ある時は、むちのかげを見 ね どもはやくゆき、のどかに思ふ時は、しづかなり。
見=マ行上一動詞「見る」の未然形。上一段活用の動詞は「{ ひ・い・き・に・み・ゐ } る」
ね=打消の助動詞「ず」の已然形、接続は未然形
ども=逆接の接続助詞、直前には已然形が来る。逆接の恒常条件「たとえ~でも、(やはり)…」
のどかに=ナリ活用の形容動詞「のどかなり」の連用形
しづかなり=ナリ活用の形容動詞「静かなり」の終止形
急ぐ用事がある時は、鞭を全く見せなくても速く行き、のんびり行こうと思う時は、静かに行くのだった。
ことにおきてありがたく思ふさまなるほどに、この馬ほどなく死に ければ、上人惜しみなげきけるほどに、
ありがたく=ク活用の形容詞「有り難し」の連用形、めったにない、珍しい
なる=断定の助動詞「なり」の連体形、接続は体言・連体形
死に=ナ変動詞の連用形
けれ=過去の助動詞「けり」の已然形、接続は連用形
ける=過去の助動詞「けり」の連体形、接続は連用形
何事においても、珍しく思う(馬の)様子であったが、この馬はまもなく死んでしまったので、上人は惜しんで嘆いているときに、
またすこしもたがは ぬ馬いでき に ければ、上人よろこびて、前(さき)のやうに秘蔵して乗りありきけるに、
たがは=ハ行四段動詞「違(たが)ふ」の未然形
ぬ=打消の助動詞「ず」の連体形、接続は未然形
いでき=カ変動詞「出で来(いでく)」の連用形、出て来る、現れる
に=完了の助動詞「ぬ」の連用形、接続は連用形
けれ=過去の助動詞「けり」の已然形、接続は連用形
ける=過去の助動詞「けり」の連体形、接続は連用形
また(前の馬と)少しも違わない馬が現れたので、上人は喜んで、以前のように大事にして乗りまわっていたところ、
ある尼に霊つきてあやしかり ければ、「たれ人の何事におはし たる ぞ」と問ひければ、
あやしかり=シク活用の形容詞「あやし」の連用形、異常だ、普通でない
けれ=過去の助動詞「けり」の已然形、接続は連用形。もう一つの「けれ」も同じ
おはし=サ変動詞「おはす」の連用形、「あり」の尊敬語。いらっしゃる、おられる、あおりになる。動作の主体である霊を敬っている。この敬語を使った人は上人なので、上人からの敬意。
たる=存続の助動詞「たり」の連体形、接続は連用形
ぞ=係助詞、ここでは問いただす意味で使われている。
ある尼に靈(=正体は上人の乳母の霊)がついておかしなことがあったので、「誰がどういうわけで(このように霊として)いらっしゃるのか。」と(上人が)問うと、
「我は上人の御乳母なり し尼なり。上人の御事をあまりにおろかなら ず思ひたてまつり しゆゑに、
なり=断定の助動詞「なり」の連用形、接続は体言・連体形
し=過去の助動詞「き」の連体形、接続は連用形
なり=断定の助動詞「なり」の終止形、接続は体言・連体形
おろかなら=ナリ活用の形容動詞「おろ(疎・愚)かなり」の未然形、おろそかだ、いいかげんだ
ず=打消の助動詞「ず」の連用形、接続は未然形
たてまつり=補助動詞ラ行四段「奉る」の連用形、謙譲語。動作の対象である上人を敬っている。この敬語を使った霊からの敬意。
し=過去の助動詞「き」の連体形、接続は連用形
(霊は答えて)「私は上人の御乳母であった尼です。上人の御事が、あまりにも放っておけず(心配に)思い申し上げたために、
馬となりて久しく上人を負ひたてまつりて、つゆも御心にたがは ざり き。
なり=ラ行四段動詞「成る」の連用形
たてまつり=補助動詞ラ行四段「奉る」の連用形、謙譲語。動作の対象である上人を敬っている。この敬語を使った霊からの敬意。
つゆも=「つゆ」の後に打消語(否定語)を伴って、「まったく~ない・少しも~ない」となる重要語。ここでは「ざり」が打消語
たがは=ハ行四段動詞「違(たが)ふ」の未然形
ざり=打消の助動詞「ず」の連用形、接続は未然形。
き=過去の助動詞「き」の終止形、接続は連用形
馬となって、長らく上人を(馬として背中に)お乗せして、まったく(上人の)御心にさからいませんでした。
ほどなく生をかへて侍り しか ども、ひじり なほ わすれがたく思ひたてまつり しゆゑに、
侍り=ラ変動詞「侍(はべ)り」の連用形、謙譲語。お仕え申し上げる、お控え申し上げる。動作の対象である上人を敬っている。この敬語を使った霊からの敬意。
※「候ふ・侍(はべ)り」は、本動詞だと、丁寧語「あります、ございます、おります」と謙譲語「お仕え申し上げる、お控え申し上げる」の二つ意味がある。
※この「侍り」を丁寧語ととらえる説もあるが、霊から上人に対する敬意であることに変りはない。
しか=過去の助動詞「き」の已然形、接続は連用形
ども=逆接の接続助詞、直前には已然形が来る。
ひじり=智願上人のこと。高徳な僧のことを指す
なほ=副詞、やはり、依然として
わすれがたく=ク活用の形容詞「忘れ難し」の連用形
たてまつり=補助動詞ラ行四段「奉る」の連用形、謙譲語。動作の対象である上人を敬っている。この敬語を使った霊からの敬意。
し=過去の助動詞「き」の連体形、接続は連用形
まもなく生まれ変わって(上人に)お仕え申し上げましたが、上人のことがやはり忘れられないように思い申し上げたために、
また同じさまなる馬となりて、今もこれに侍る なり」と言ふ。
なる=断定の助動詞「なり」の連体形、接続は体言・連体形
なり=ラ行四段動詞「成る」の連用形
侍る=ラ変動詞「侍(はべ)り」の連体形、丁寧語。あります、ございます、おります。言葉の受け手(聞き手)である上人を敬っている。この敬語を使った霊からの敬意。
※「候ふ・侍(はべ)り」は、本動詞だと、丁寧語「あります、ございます、おります」と謙譲語「お仕え申し上げる、お控え申し上げる」の二つ意味がある。
※この「侍り」を謙譲語ととらえる説もあるが、霊から上人に対する敬意であることに変りはない。
なり=断定の助動詞「なり」の終止形、接続は体言・連体形
また同じ様子の馬になって、今もここにございます」と言う。
上人、これを聞くに、年ごろもあやしく思ひし馬のさまなれば、思ひあはせ らるることどもあはれに おぼえて、
年ごろ=名詞、長年、長い間
あやしく=シク活用の形容詞「あやし」の連用形、不思議だ。異常だ、普通でない
し=過去の助動詞「き」の連体形、接続は連用形
なれ=断定の助動詞「なり」の已然形、接続は体言・連体形
思ひあはせ=サ行下二動詞「思ひ合はす」の未然形、あてはめて考える、思い当たる。
らるる=自発の助動詞「らる」の連体形、接続は未然形。「らる」には「受身・尊敬・自発・可能」の四つの意味があるがここは文脈判断。自発:「~せずにはいられない、自然と~される」
あはれに=ナリ活用の形容動詞「あはれなり」の連用形。「あはれ」はもともと感動したときに口に出す感動詞であり、心が動かされるという意味を持つ。感動する。しみじみと思う、しみじみとした情趣がある。
おぼえ=ヤ行下二動詞「思(おぼ)ゆ」の連用形。(自然と)思われる
上人はこれを聞くと、長年、不思議だと思っていた馬の様子なので、(自然と)思い当たる事などもしみじみと思われて、
堂を建て仏をつくり、供養して、かの菩提(ぼだい)をとぶらは れ けり。馬をば ゆゆしく いたはりてぞ置きたり ける。
菩提(ぼだい)=名詞、成仏すること、極楽往生すること、死後の冥福
とぶらは=ハ行四段動詞「弔(とぶら)ふ」の未然形、弔う、弔問する。
れ=尊敬の助動詞「る」の連用形、接続は未然形。「る」には「受身・尊敬・自発・可能」の四つの意味があるがここは文脈判断。動作の主体である上人を敬っている。地の文なので作者からの敬意。
けり=過去の助動詞「けり」の終止形、接続は連用形
ば=係助詞。強調する意味があるが、訳す際には無視して構わない。
ゆゆしく=シク活用の形容詞「忌々(ゆゆ)し」の連用形、触れてはならない神聖なことが原義。(良くも悪くも)程度がはなはだしい
いたはり=ラ行四段動詞「労(いたは)る」の連用形。大切に扱う。苦労して努める。病気になる
ぞ=強調の係助詞、結びは連体形となる。係り結び
たり=完了の助動詞「たり」の連用形、接続は連用形
ける=過去の助動詞「けり」の連体形、接続は連用形。係助詞「ぞ」を受けて連体形となっている。係り結び
堂を建て仏を造って、供養をして、その菩提(上人の乳母であった尼の極楽往生)をお弔いになった。(上人は、)馬をとても大切にしておいた。
執心(しふしん)のふかきゆえにふたたび馬に生まれて志をあらはし ける、いとあはれなり。
執心(しふしん)=名詞、深く心にかけること、執着心
ふかき=ク活用の形容詞「深し」の連体形
生まれ=ラ行下二動詞「生まる」の連用形
あらはし=サ行四段動詞「あらはす」の連用形
ける=過去の助動詞「けり」の連体形、接続は連用形
あはれなり=ナリ活用の形容動詞「あはれなり」の終止形。「あはれ」はもともと感動したときに口に出す感動詞であり、心が動かされるという意味を持つ。感動する。しみじみと思う、しみじみとした情趣がある。
(乳母が上人を思う)愛の心が深いために、再び馬に生まれて、その気持ちをあらわしたということは、とても趣のあることだ。