作者:藤原道綱母(ふぢわらのみちつなのはは)
「黒=原文」・「赤=解説」・「青=現代語訳」
原文・現代語訳のみはこちら蜻蛉日記『鷹を放つ』現代語訳
つくづくと思ひつづくることは、なほ いかで心として死にも し にしがなと思ふよりほかのこともなきを、
なほ=副詞、やはり。さらに。それでもやはり。
いかで=副詞、願望を表す、なんとかして、どうにかして
も=係助詞
し=サ変動詞「す」の連用形
にしがな=願望の終助詞
つくづくと思い続けることは、やはりなんとかして思い通りに死にたいと思う以外ほかのこともないが、
ただこの一人ある人を思ふにぞ、いと悲しき。
ぞ=強調の係助詞、結びは連体形となる。係り結び
悲しき=シク活用の形容詞「悲し」の連体形。係助詞「ぞ」を受けて連体形となっている。
ただこの一人の息子(道綱)を思うと、たいそう悲しい。
人となして、後ろ安から む妻などにあづけてこそ死にもこころやすからむとは思ひしか、
なし=サ行四段動詞「成す」の連用形
後ろ安から=ク活用の形容詞「後ろ安し」の未然形、(将来に)心配がない、あとあと安心だ
む=婉曲の助動詞「む」の連体形、接続は未然形。この「む」は、㋜推量・㋑意志・㋕勧誘・㋕仮定・㋓婉曲の五つの意味があるが、文中に来ると「㋕仮定・㋓婉曲」のどれかである。直後が名詞だと「㋓婉曲」になりがち。訳:「安心できる(ような)妻」。
こそ=強調の係助詞、結びは已然形となる。ここでは逆接強調法。また、係り結びの消滅(流れ)が起こっている。
逆接強調法「こそ ~ 已然形、」→「~だけれど、(しかし)」
普通の係り結びは結び(文末)が已然形となるため、「こそ ~ 已然形。」となるが、
逆接強調法のときは「こそ ~ 已然形、」となるので、「、(読点)」があるから特徴的で分かりやすい。
む=推量の助動詞「む」の終止形、接続は未然形。文末に来ると「㋜推量・㋑意志・㋕勧誘」のどれかである。
しか=過去の助動詞「き」の已然形、接続は連用形。係助詞「こそ」を受けて已然形となっている。係り結びの消滅(流れ)。逆接強調法
一人前にして、あとあと安心できるような妻などに(息子を)預けて、(そうした上で)死んでも安心だろうとは思ったけれど、
いかなる心地してさすらへむず らむと思ふに、なほいと死にがたし。
むず=推量の助動詞「むず」の終止形、接続は未然形。㋜㋑㋕㋕㋓の五つの意味がある「む」と同じようなものと思ってしまった方が楽。正確に言うと「推量」・「意志」・「適当、当然」の意味である。話し言葉で使われるのが「むず」、書き言葉で使われるのが「む」である。
語 | 未然形 | 連用形 | 終止形 | 連体形 | 已然形 | 命令形 |
むず | ○ | ○ | むず | むずる | むずれ | ○ |
らむ=現在推量の助動詞「らむ」の終止形、接続は終止形(ラ変なら連体形)。
(私が死んだ後、息子は)どのような気持ちで世の中をさまようだろうと思うと、やはりとても死にきれない。
「いかがはせむ。かたちを変へて、世を思ひ離るやと試み む。」と語らへば、
いかがはせむ=どうしようか
いかが=副詞、どんなに…か。「いかが」には係助詞「か」が含まれており、係り結びがおこっている。
は=強調の係助詞
せ=サ変動詞「す」の未然形
む=意志の助動詞「む」の連体形、接続は未然形。係助詞「か」を受けて連体形となっている。係り結び。
かたちを変ふ=出家する。かたち=名詞、姿、容貌、顔立ち
世=名詞、夫婦の関係、男女の仲。世間、世の中
や=疑問の係助詞、結びは連体形となる。係り結び
試み=マ行上一動詞「試みる」の未然形。上一段活用の動詞は「{ ひ・い・き・に・み・ゐ } る」
む=意志の助動詞「む」の連体形、接続は未然形。係助詞「か」を受けて連体形となっている。係り結び。
ば=接続助詞、直前が已然形だから①原因・理由「~なので、~から」②偶然条件「~ところ・~と」③恒常条件「(~する)といつも」のどれかであるが、文脈判断をして②の意味でとる。ちなみに、直前が未然形ならば④仮定条件「もし~ならば」である。
「どうしようか。出家して、夫婦仲を思い切れるか試してみようか。」と話すと、
まだ深くもあらぬ なれ ど、いみじうさくりもよよと泣きて、
ぬ=打消の助動詞「ず」の連体形、接続は未然形
なれ=断定の助動詞「なり」の已然形、接続は体言・連体形
ど=逆接の接続助詞、活用語の已然形につく
いみじう=シク活用の形容詞「いみじ」の連用形が音便化したもの、(いい意味でも悪い意味でも)程度がひどい、甚だしい、とても
(道綱は)まだ深くも考えない歳であるけれども、ひどくしゃっくりあげておいおいと泣いて、
「さなりたまは ば、まろも法師になりてこそあらめ。
さ=副詞、そのように、そう
たまは=補助動詞ハ行四段「たまふ」の未然形、尊敬語。動作の主体である道綱の母を敬っている。敬語を使った道綱からの敬意。
ば=接続助詞、直前が未然形だから④仮定条件「もし~ならば」の意味である。
こそ=強調の係助詞、結びは已然形となる。係り結び
め=意志の助動詞「む」の已然形、接続は未然形。係助詞「こそ」を受けて已然形となっている。係り結び。この「む」は、㋜推量・㋑意志・㋕勧誘・㋕仮定・㋓婉曲の五つの意味があるが、文末に来ると「㋜推量・㋑意志・㋕勧誘」のどれかである。
「そのようにおなりになるならば、私も法師になってしまおう。
何せむに か は、世にもまじらはむ。」とて、
「何/せ/む/に」=何のために
せ=サ変動詞「す」の未然形、する
む=推量の助動詞「む」の連体形、接続は未然形
か=反語の係助詞、結びは連体形となる。係り結び
は=強調の係助詞。現代語でもそうだが、疑問文を強調していうと反語となる。「~か!(いや、そうじゃないだろう。)」。なので、「~かは・~やは」とあれば反語の可能性が高い。
む=意志の助動詞「む」の連体形、接続は未然形。係助詞「か」を受けて連体形となっている。係り結び。
何のために、この世の中に交わって(生きて)いこうか。」と(道綱は)言って、
いみじくよよと泣けば、われもえ せきあへ ね ど、いみじさに、
ば=接続助詞、直前が已然形だから①原因・理由「~なので、~から」②偶然条件「~ところ・~と」③恒常条件「(~する)といつも」のどれかであるが、文脈判断をして①の意味でとる。ちなみに、直前が未然形ならば④仮定条件「もし~ならば」である。
え=副詞、下に打消の表現を伴って「~できない」
せきあへ=ハ行下二動詞「塞き敢ふ(せきあふ)」の未然形、(涙などを)せき止めてこらえる、おさえて我慢する
ね=打消の助動詞「ず」の已然形、接続は未然形
ど=逆接の接続助詞、活用語の已然形につく
ひどくおいおいと泣くので、私も涙をこらえられないけれども、あまりも真剣なので、
戯れに言ひなさ むとて、「さて鷹飼はで はいかがしたまは むずる。」と言ひたれば、
言ひなさ=サ行四段動詞「言ひ做す」の未然形、言い紛らわす。あえて言う
む=意志の助動詞「む」の終止形、接続は未然形
さて=接続詞、(話題を変えるときに、文頭において)さて、そして、ところで、それで
で=打消の接続助詞、接続は未然形。「ず(打消しの助動詞)+して(接続助詞)」→「で」となったもの。
は=強調の係助詞、訳す際には気にしなくて良い。
たまは=補助動詞ハ行四段「たまふ」の未然形、尊敬語。動作の主体である道綱を敬っている。敬語を使った道綱の母からの敬意。
むずる=意志の助動詞「むず」の連体形、接続は未然形。㋜㋑㋕㋕㋓の五つの意味がある「む」と同じようなものと思ってしまった方が楽。正確に言うと「推量」・「意志」・「適当、当然」の意味である。話し言葉で使われるのが「むず」、書き言葉で使われるのが「む」である。
たれ=完了の助動詞「たり」の已然形、接続は連用形
冗談に言い紛らわそうと思って、「ところで、(出家すると鷹を飼えなくなるが、)鷹を飼わないでどうなさるのか。」と言ったところ、
やをら立ち走りて、し据(す)ゑ たる鷹を握り放ちつ。
やをら=副詞、静かに、そっと
し据ゑ=ワ行下二動詞「し据う」の連用形、大事にしてそこに居させる、その位置に置く。ワ行下二段活用の動詞は「飢う(うう)」・「植う(うう)」・「据う(すう)」の3つしかないと思ってよいので、大学受験に向けて覚えておくとよい。
たる=完了の助動詞「たり」の連体形、接続は連用形
つ=完了の助動詞「つ」の終止形、接続は連用形
(道綱は)静かに立って走って行き、(止まり木に)止まらせていた鷹をつかんで放してしまった。
見る人も涙せきあへず、まして、日暮らし難し。心地におぼゆるやう、
せきあへ=ハ行下二動詞「塞き敢ふ(せきあふ)」の未然形、(涙などを)せき止めてこらえる、おさえて我慢する
日暮らし=副詞、一日中、終日。名詞、一日を過ごすこと
おぼゆる=ヤ行下二段動詞「思ゆ(おぼゆ)」の連体形。「ゆ」には受身・自発・可能の意味が含まれており、ここでは「自発」の意味で使われている。「(自然と)思われる」
見ている女房も涙をこらえられず、まして、(私は)一日中暮らすこともできないほど悲しい。心に思われたことは、
争へば 思ひにわぶる 天雲(あまぐも)に まづそる鷹ぞ 悲しかりける
※掛詞=同音異義を利用して、一つの語に二つ以上の意味を持たせたもの。
掛詞を探すときのポイント(いずれも例外有り)
①ひらがなの部分
②和歌に至るまでの経緯で出て来た単語
③地名などの固有名詞
天雲の「天(あま)」と「尼」が掛けられている。
「そる」が掛詞となっており、「剃る」と「逸る」が掛けられている。「剃る」とは頭を剃って法師になることを意味している。
ば=接続助詞、直前が已然形だから①原因・理由「~なので、~から」②偶然条件「~ところ・~と」③恒常条件「(~する)といつも」のどれかであるが、文脈判断をして①の意味でとる。ちなみに、直前が未然形ならば④仮定条件「もし~ならば」である。
わぶる=バ行上二動詞「わぶ」の連体形、思い悩む、つらく思う
そる=ラ行四段動詞「逸る」の連体形、他の方に逸れていく、思わぬ方向へ行く
ぞ=強調の係助詞、結びは連体形となる。係り結び。
ける=詠嘆の助動詞「けり」の連体形、接続は連用形。係助詞「ぞ」を受けて連体形となっている。係り結び。「けり」は過去の意味で使われることがほとんどだが、①和歌での「けり」②会話文での「けり」③なりけりの「けり」では詠嘆に警戒する必要がある。①はほぼ必ず詠嘆だが、②③は文脈判断
争うので、尼になろうかとつらく思っていると、道綱も(頭を剃って)法師になろうとして鷹を放した。その鷹が空に飛び去るのを見ると、(道綱の真剣な思いが分かって)悲しいことよ。
とぞ。
ぞ=強調の係助詞、結びは連体形となるが、係り結びの省略がおきている。「詠みける」が省略されていると考えられる。
と詠んだ。
日暮るるほどに、文見えたり。天下のそらごとならむと思へば、「ただいま心地悪しくて。」とて、遣り つ。
たり=完了の助動詞「たり」の終止形、接続は連用形
天下の=最高の、世界第一の
む=推量の助動詞「む」の終止形、接続は未然形。この「む」は、㋜推量・㋑意志・㋕勧誘・㋕仮定・㋓婉曲の五つの意味があるが、文末に来ると「㋜推量・㋑意志・㋕勧誘」のどれかである。
ば=接続助詞、直前が已然形だから①原因・理由「~なので、~から」②偶然条件「~ところ・~と」③恒常条件「(~する)といつも」のどれかであるが、文脈判断をして①の意味でとる。ちなみに、直前が未然形ならば④仮定条件「もし~ならば」である。
遣り=ラ行四段動詞「遣(や)る」の連用形、(人などを)送る、派遣する
つ=完了の助動詞「つ」の終止形、接続は連用形
日が暮れるころに、(夫から)手紙が来た。(手紙に書かれている内容は)まったくのうそだろうと思うので、「今は気分が悪いので。」と言って、(手紙を届けに来た夫の使いの者を)返した。