「黒=原文」・「赤=解説」・「青=現代語訳」
原文・現代語訳のみはこちら平家物語『能登殿の最期』(2)現代語訳
判官も先に心得て、表に立つやうにはし けれ ども、とかく違ひて、能登殿には組まれ ず。
心得(こころえ)=ア行下二段活用の動詞「心得(こころう)」の連用形。理解する、悟る。ア行下二段活用の動詞は「得(う)」・「心得(こころう)」・「所得(ところう)」の3つしかないので、大学受験に向けて覚えておくとよい。
に=断定の助動詞「なり」の連用形、接続は体言・連体形
し=サ変動詞「す」の連用形。する。
けれ=過去の助動詞「けり」の已然形、接続は連用形
ども=逆接の接続助詞、接続(直前に付く用言の活用形)は已然形である。
とかく=副詞、あれやこれやと、何かと
れ=尊敬の助動詞「る」の未然形、接続は未然形。動作の主体である判官(義経)を敬っている。
ず=打消の助動詞「ず」の終止形、接続は未然形
判官(源義経)も前もって気づいていて、(能登殿の)正面に立つようにはしていたが、何かと行き違うようにして、組みなさらなかった。
されどもいかがしたり けん、判官の船に乗り当たつて、「あはや」と目をかけて飛んでかかるに、
いかが=副詞、どのように…か、どう…か
たり=完了の助動詞「たり」の連用形、接続は連用形
けん=過去推量の助動詞「けむ」の連体形の音便化したもの、接続は連用形。「いかが」を受けて係り結び。
あはや=感動詞、ああ。それっ。
けれども、どうしたのだろうか(能登殿が)判官の船に乗りあたって、「それっ。」と判官をめがけて飛びかかると、
判官かなはじとや思はれ けん、長刀(なぎなた)脇(わき)にかいばさみ、味方の船の二丈ばかり退(の)い たり けるに、ゆらりと飛び乗りたまひ ぬ。
じ=打消推量の助動詞「じ」の終止形、接続は未然形
や=疑問の係助詞、結びは連体形となる。係り結び。
れ=尊敬の助動詞「る」の連用形、接続は未然形。動作の主体である判官(義経)を敬っている。
けん=過去推量の助動詞「けむ」の連体形の音便化したもの、接続は連用形。係助詞「や」を受けて連体形となっている。係り結び。
の=格助詞、用法は同格。「で」と訳すとよい。「味方の船で二丈ほども離れていた船に」
退い=カ行四段動詞「退く(のく)」の連用形の音便化したもの。しりぞく、離れる、間を隔てる
たり=存続の助動詞「たり」の連用形、接続は連用形
ける=過去の助動詞「けり」の連体形、接続は連用形
たまひ=補助動詞ハ行四段の連体形、尊敬語。動作の主体である判官(義経)を敬っている。
ぬ=完了の助動詞「ぬ」の終止形、接続は連用形。
判官は、これはかなうまいとお思いになったのだろうか、長刀を脇にはさみ、味方の船で二丈ほども離れていた船に、ひらりと飛び乗りなさった。
能登殿は、早業(はやわざ)や劣られ たり けん、やがて続いても飛びたまは ず。
や=疑問の係助詞、結びは連体形となる。係り結び。
れ=尊敬の助動詞「る」の連用形、接続は未然形。動作の主体である能登殿を敬っている。
たり=存続の助動詞「たり」の連用形、接続は連用形。
けん=過去推量の助動詞「けむ」の連体形の音便化したもの、接続は連用形。係助詞「や」を受けて連体形となっている。係り結び。
やがて=副詞、すぐに、そのまま、即座に
も=強調の係助詞、訳す際には気にしなくてもよい。
たまは=補助動詞ハ行四段の未然形、尊敬語。動作の主体である能登殿を敬っている。
ず=打消の助動詞「ず」の終止形、接続は未然形
能登殿は、早業は劣っていらっしゃったのだろうか、すぐに続いて飛び移りなさらない。
今はかうと思はれ けれ ば、太刀・長刀海へ投げ入れ、甲(かぶと)も脱いで捨てられ けり。
かう=副詞「斯く(かく)」の音便化したもの。もうこれまで、これで終わり、このように
れ=尊敬の助動詞「る」の連用形、接続は未然形。動作の主体である能登殿を敬っている。
けれ=過去の助動詞「けり」の已然形、接続は連用形
ば=接続助詞、直前が已然形だから①原因・理由「~なので、~から」②偶然条件「~ところ・~と」③恒常条件「(~する)といつも」のどれかであるが、文脈判断をして①の意味でとる。ちなみに、直前が未然形ならば④仮定条件「もし~ならば」である。
られ=尊敬の助動詞「らる」の連用形、接続は未然形。動作の主体である能登殿を敬っている。
けり=過去の助動詞「けり」の終止形、接続は連用形
(能登殿は)今はこれまでとお思いになったので、太刀・長刀を海へ投げ入れ、甲も脱いでお捨てになった。
鎧の草摺(くさずり) かなぐり捨て、胴ばかり着て、大童(おほわらは)になり、大手を広げて立たれ たり。
草摺=名詞、鎧の下に垂らして腰から下をおおう部分
かなぐり=ラ行四段動詞「かなぐる」の連用形。荒々しくつかんで引っ張る
大童(おほわらは)=名詞、髪を束ねずばらばらのままたらしたざんばら髪
れ=尊敬の助動詞「る」の連用形、接続は未然形。動作の主体である能登殿を敬っている。
たり=完了の助動詞「たり」の終止形、接続は連用形
鎧の垂れも引きちぎって捨て、鎧の胴だけを着て、乱髪姿になり、大手を広げて立ちなさった。
およそ あたりを払つてぞ見えたり ける。恐ろしなんど も おろかなり。
およそ=副詞、おおかた、だいたい
辺りを払ふ=近寄れないほど威勢がある、他を圧倒する、周囲に人を近づけない
ぞ=強調の係助詞、結びは連体形となる。係り結び。
たり=完了の助動詞「たり」の連用形、接続は連用形
ける=過去の助動詞「けり」の連体形、接続は連用形。係助詞「ぞ」を受けて連体形となっている。係り結び。
なんど=「など」副助詞
も=強調の係助詞
おろかなり=形容動詞「疎かなり」の終止形。それだけでは言い尽くせない、いいかげんだ
おおかた誰をも近くに寄せ付けない(ほど威勢がある)様子に見えた。恐ろしいなどと(いう言葉)ではとても言い尽くせない。
能登殿、大音声をあげて、「われと思はん者どもは、寄つて教経に組んでいけどりにせよ。
ん=婉曲の助動詞「む」の連体形の音便化したもの、接続は未然形。この「む」は、㋜推量・㋑意志・㋕勧誘・㋕仮定・㋓婉曲の五つの意味があり、文中に来ると「㋕仮定・㋓婉曲」のどれかである。あとは文脈判断であるが、直後にあるのが体言であればほぼ婉曲で間違いない。訳:「我はと思う(ような)者ども」
せよ=サ変動詞「す」の命令形
能登殿は、大声をあげて、「我こそはと思う者どもがあったら、近寄ってこの教経(能登殿のこと)に組んで生け捕りにせよ。
鎌倉へ下つて、頼朝に会うて、もの一言言はんと思ふぞ。寄れや、寄れ。」とのたまへ ども、寄る者一人もなかり けり。
ん(む)=意志の助動詞「む」の終止形が音便化したもの、接続は未然形。この「む」は、㋜推量・㋑意志・㋕勧誘・㋕仮定・㋓婉曲の五つの意味があるが、文末に来ると「㋜推量・㋑意志・㋕勧誘」のどれかである。あとは文脈判断。
のたまへ=ハ行四段動詞「のたまふ」の已然形。「言ふ」の尊敬語。動作の主体である能登殿を敬っている。
ども=逆接の接続助詞、接続(直前に来る用言の活用形)は已然形
なかり=ク活用の形容詞「無し」の連用形
けり=過去の助動詞「けり」の終止形、接続は連用形
鎌倉へ下って、頼朝に会って、一言言おうと思う。寄れ、寄れ。」とおっしゃったけれども、近寄る者は一人もいなかった。
続きはこちら平家物語『能登殿の最期』(3)解説・品詞分解