青=現代語訳・下小文字=返り点・上小文字=送り仮名・解説=赤字
世ニ有二リテ伯楽一、然ル後ニ有二リ千里ノ馬一。
世に伯楽有りて、然(しか)る後に千里の馬有り。
世の中に伯楽(馬の良し悪しを見分ける名人)が有って、はじめて一日に千里も走るという名馬が見出される。
千里ノ馬ハ常ニ有レドモ、而伯楽ハ不二常ニハ有一ラ。
千里の馬は常に有れども、伯楽は常には有らず。
※不常=部分否定「常には~ず」→「いつも~とは限らない」、常不=全部否定「常に~ず」→「いつも~ない」
一日に千里も走るという名馬はいつでもそんざいするが、それを見抜く伯楽はいつもいるとは限らない。
故ニ雖レモ有二リト名馬一、祇ダ辱二メラレ於奴隷人之手一ニ、
故に名馬有りと雖(いへど)も、祇(た)だ奴隷人の手に辱められ、
※雖=逆接の仮定条件「たとえ~としても」、祇=限定「ただ~だけ」
だからたとえ名馬がいたとしても、ただ奴隷たちにの手で粗末に扱われ、
駢-二死シテ於槽櫪之間一ニ、不下ル以二テ千里一ヲ称上セラレ也。
槽櫪(さうれき)の間に駢死(へんし)して、千里を以(もっ)て称せられざるなり。
※槽櫪之間=馬小屋、駢死=首をならべて死ぬ
馬小屋で並の馬と一緒に首をならべて死んで、千里の名馬として称えられることなく終わる。
馬之千里ナル者ハ、一食ニ或イハ尽二クス粟一石一ヲ。
馬の千里なる者は、一食に或(ある)いは粟(ぞく)一石を尽くす。
※一石=容積の単位、約60リットル
一日に千里も走る馬は、一回の食事に時によると一石の穀物をたいらげる。
食レフ馬ヲ者ハ、不下ル知二リテ其ノ能ノ千里一ナルヲ而食上ハ也。
馬を食(やしな)ふ者は、其(そ)の能の千里なるを知りて食(やしな)はざるなり。
(しかし、)馬を飼っている者は、その馬の(一日に千里も走るという)能力を知って飼っているのではない。
是ノ馬也、雖レモ有二リト千里之能一、食不レレバ飽カ、
是(こ)の馬や、千里の能有りと雖も、食飽かざれば、
(なので、)この馬は、一日に千里も走る能力があっても、お腹いっぱいに食べなければ、
力不レシテ足ラ、才ノ美不二外ニ見一レ。
力足らずして、才の美外に見(あらは)れず。
力を発揮できず、その才能の美しさも外側に表れない。
且ツ欲下スルモ与二常馬一等上シカラント、不レ可レカラ得。
且(か)つ常馬と等しからんと欲するも、得(う)べからず。
※与=と、且=そのうえ、また
また、普通の馬と同じように働こうとしても、(それさえも)できない。
安クンゾ求二メン其ノ能ノ千里一ナルヲ也。
安(いづ)くんぞ其の能の千里なるを求めんや。
※安~也=反語「どうして~か。(いや、~ない。)」
どうして一日に千里も走る能力を求められようか。(いや、できない。)
策レウツニ之ヲ、不レ以二テセ其ノ道一ヲ。食レフニ之ヲ、不レ能レハ尽二クサシムル其ノ材一ヲ。
之を策(むち)うつに、其の道を以てせず。之を食ふに、其の材を尽くさしむる能はず。
※材=才、才能
この名馬(千里の馬)を鞭打つ時に、ふさわしいやり方でしない。この名馬飼うのに、その才能を発揮させることもできない。
鳴レケドモ之ニ而不レ能レハ通二ズル其ノ意一ニ。
之に鳴けども其の意に通ずる能(あた)はず。
※能=can
飼い主に対して鳴いても、その馬の気持ちは通じさせれない。
執レリテ策ヲ而臨レミテ之ニ曰ハク、「天下ニ無レシト馬。」
策(むち)を執りて之に臨みて曰はく、 「天下に馬無し。」と。
(飼い主は)鞭を手にして千里の馬を前にして、「世の中に名馬はいない。」と言う。
嗚-呼、其レ真ニ無レキ馬邪、其レ真ニ不レル知レラ馬ヲ也。
鳴呼(ああ)、其れ真に馬無きか。其れ真に馬を知らざるか。
ああ、本当に名馬がいないのだろうか。それとも本当に馬を見分けられないのか。