「黒=原文」・「赤=解説」・「青=現代語訳」
原文・現代語訳のみはこちら宇治拾遺物語『博打、聟入りのこと』(2)現代語訳
さて、夜々いくに、昼ゐる べき ほどになりぬ。
さ(然)=副詞、そのように、そう
ゐる(居る)=ワ行上一
べき=可能 or 当然の助動詞「べし」の連体形、接続は終止形(ラ変は連体形)。「べし」は㋜推量㋑意志㋕可能㋣当然㋱命令㋢適当のおよそ六つの意味があるが、ここでは「可能」か「当然」のどちらかだと思われる。
ほど(程)=名詞、ころあい、時
ぬ=完了の助動詞「ぬ」の終止形、接続は連用形
そうして、毎晩(長者の娘のもとに)通ううちに、昼も(一緒に)居るような頃合いになった。
※当時は「通い婚」と言って、夜に男が女のもとに訪れ、朝早くには帰るといった風習があり、それを続けて昼も一緒に居る間柄となって正式に夫婦となった。
いかが せ んと思ひめぐらして、博打一人、長者の家の天井にのぼりて、ふたり寝 たる上の天井を、ひしひしとふみならして、
いかが=副詞、どのように…か。「いかが」には疑問・反語の係助詞「か」が含まれており、係り結びがおこっている。結びは連体形で「ん(助動詞「む」の連体形が音便化したもの)」の部分である。
せ=サ変動詞「す」の未然形
ん=意志の助動詞「む」の連体形が音便化したもの、接続は未然形。係り結び。㋜推量・㋑意志・㋕勧誘・㋕仮定・㋓婉曲の五つの意味がある。
思ひめぐらす=サ行四段、思案する、考えをめぐらす
寝(ね)=ナ行下二段活用の動詞「寝(ぬ)」の連用形。「寝」は活用形によって読み方が変わるので注意。
たる=存続の助動詞「たり」の連体形、接続は連用形。この助動詞の接続が連用形だと知っていれば、直前の「寝」は連用形だと分かり、読み方もわかる。なので助動詞の接続はしっかり覚えなければならない。
ひしひしと=副詞、擬音語、みしみしと
どうしようかと考えをめぐらして、(名案を思いつき、)博打打ちの一人が長者の家の天井にのぼって、(長者の娘と博打の子である婿)二人が寝ている上の天井を、みしみしと踏み鳴らして、
いかめしく おそろしげなる声にて、「天の下の顏よし」とよぶ。
いかめしく=シク活用形容詞「いかめし(厳めし)」の連用形。おごそかだ、威厳がある、盛大だ、恐ろしい
おそろしげなる=ナリ活用形容動詞「おそろしげなり」の連体形。「~げ」とあれば、ほぼ形容動詞。
とても恐ろしげな声で、「天下の美男子」と呼ぶ。
家のうちのものども、いかなることぞと聞きまどふ。
いかなる=ナリ活用の形容動詞「いかなり」の連体形。どのようだ、どういうふうだ
まどふ=ハ行四段、あわてる、うろたえる
家の中の者たちは、どういうことかと聞いてうろたえる。
聟、いみじく おぢて、「おのれこそ、世の人「天の下の顏よし」といふと聞け。いかなることなら ん」といふに、
いみじく=シク活用の形容詞「いみじ」の連用形。良い意味でも悪い意味でも程度がひどい。すばらしい、ひどい
おぢ=ダ行上二の動詞「おづ(怖づ)」の連用形、恐れる、怖がる
こそ=強調の係助詞、結び(文末)は連体形となる。係り結び。ここでは、「聞け」が結びで已然形となっている。
聞け=カ行四段の動詞「聞く」の已然形。係り結び。ここの「聞け」は決して命令形ではないので注意。普通に終止形と思って訳す。
なら=断定の助動詞「なり」の未然形、接続は体言・連体形。
ん=推量の助動詞「む」の終止形、接続は未然形。㋜推量・㋑意志・㋕勧誘・㋕仮定・㋓婉曲の五つの意味があり、文末に来ると「㋜推量・㋑意志・㋕勧誘」のどれかである。あとは文脈判断。
婿は、ひどく怖がって、「自分のことを世間の人が『天下の美男子』と言うと聞く。どうしたことでしょう」と(長者の家の者に対して)言うと、
三度までよべば、いらへ つ。
ば=接続助詞、直前が已然形だから①原因・理由「~なので、~から」②偶然条件「~ところ・~と」③恒常条件「(~する)といつも」のどれかであるが、文脈判断をして①の意味でとる。ちなみに、直前が未然形ならば④仮定条件「もし~ならば」である。
いらへ=ハ行下二段の動詞「いらふ(答ふ・応ふ)」の連用形。答える、返答する
つ=完了の助動詞「つ」の終止形、接続は連用形。
(天井の者が)三度までも呼ぶので、(婿は)返事をしてしまった。
「これはいかにいらへつるぞ」といへば、「心にもあらで、いらへつる なり」といふ。
いかに=副詞、どのように、なぜ、どうして
つる=完了の助動詞「つ」の連体形、接続は連用形。もう一つの「つる」も同様。
ば=接続助詞、直前が已然形であり、ここでは②偶然条件「~ところ・~と」の意味である。
で=接続助詞、打消しの意味が含まれている。「ず(打消の助動詞)+て」→「で」となったものなので、直前に未然形の「あら」が来ている。
なり=断定の助動詞「なり」の終止形、接続は体言・連体形
(家の者が)「これはどうして返事をしてしまったのですか」と言うと、(婿は)「心にもなく、返事をしてしまったのです」と言う。
鬼のいふやう、「この家のむすめは、わが領(りゃう)じて三年になりぬる を、汝(なんぢ)、いかにおもひて、かくは通ふぞ」といふ。
わ(我・吾)=代名詞、私、我
領じ=サ変動詞「領ず」の連用形、自分の所有にする、手に入れる
ぬる=完了の助動詞「ぬ」の連体形、接続は連用形
を=接続助詞、逆接
かく=副詞、このように、こう
鬼が言うことには、「この家の娘は、私が自分のものにして三年になったが、おまえは、どう思って、このように通って来るのか。」と言う。
「さる御事ともしらで、かよひ候(さぶら)ひ つる なり。ただ御たすけ候へ」といへば、
さる御事=「さること」に尊敬を表す「御」が付いたもの。婿が鬼を敬っている
さること(然ること)=そのようなこと、あのようなこと。ここでは鬼が先ほど言った「この家の~かく通ふぞ」を指している。「さる(連体詞)/こと(名詞)」
で=接続助詞、打消しの意味が含まれている。
候ふ=補助動詞ハ行四段、丁寧語。聞き手である鬼を敬っている。後の「候へ」も同様。
つる=完了の助動詞「つ」の連体形、接続は連用形
なり=断定の助動詞「なり」の終止形、接続は体言・連体形
ば=接続助詞、直前が已然形であり、②偶然条件「~ところ・~と」の意味である。
(婿は)「そのようなこととも知らないで、通いましたのです。ただただお助けください」と言うと、
鬼「いといとにくきことなり。一事して帰らん。なんぢ、命とかたちといづれか 惜しき」といふ。
にくき=ク活用の形容詞「にくし(憎し)」の連体形
なり=断定の助動詞「なり」の終止形、接続は体言・連体形
ん=意志の助動詞「む」の連体形が音便化したもの、接続は未然形。文末に来ると「㋜推量・㋑意志・㋕勧誘」のどれかである。あとは文脈判断。
かたち=名詞、外形、姿、顔立ち、容貌
か=疑問の係助詞、結び(文末)は連体形となる。係り結び。
惜しき=シク活用の形容詞「惜し」の連体形。前の係助詞「か」を受けて「連体形」となっている。係り結び。
鬼は「非常に憎いことである。一つ仕事をして帰ろう。おまえ、命と顔かたちとどちらが惜しいか」と言う。
聟「いかがいらふべき」といふに、舅(しうと)、姑(しうとめ)「何ぞの御かたちぞ。命だに おはせ ば。
いかが=副詞、どのように…か。「いかが」には疑問・反語の係助詞「か」が含まれており、係り結びがおこっている。結びは連体形で「べき」の部分である。
べき=適当の助動詞「べし」の連体形、接続は終止形(ラ変は連体形)。㋜推量㋑意志㋕可能㋣当然㋱命令㋢適当のおよそ六つの意味があり、文脈判断する。
何ぞ(なんぞ)=副詞、どうして…か(ここでは反語)
だに=副助詞、せめて…だけでも、…さえ
おはせ=サ変動詞「おはす」の未然形。「あり」の尊敬語。動作の主体(命のある人)である婿を敬っている
ば=接続助詞、直前が未然形になっているので、④仮定条件「もし~ならば」である。おそらく「ば」の後には「良し」が省略されている。「命さえあれば良い。」
婿が(家の者に対して)「どのように答えたらよいでしょうか」と言うと、舅と姑は「どうしてお顔立ちなどでしょう。(いや、違う。)命さえおありならば(、良い)。
『ただかたちを』とのたまへ」といへば、敎へのごとくいふに、
のたまふ(宣ふ)=「言ふ」の尊敬語、ハ行四段。動作の主体(のたまう人)である婿を敬っている。
ば=接続助詞、直前が已然形であり、の意味である。①原因・理由「~なので、~から」の意味である
『ただ顔かたちを(お取りください)。』とおっしゃいなさい」と言うので、(その)教えの通りに言うと、
鬼「さらば吸ふ吸ふ」と言ふ時に、聟、顏をかかへて、「あらあら」と言ひて、ふしまろぶ。鬼はあよび帰りぬ。
さらば=接続語、それならば、それでは
あら=感嘆詞、ああ、あら
ふしまろぶ(臥し転ぶ)=バ行四段、体を投げ出して転げまわる
あよび=バ行四段の動詞「あよぶ」の連用形。「歩む」のこと
ぬ=完了の助動詞「ぬ」の終止形、接続は連用形
鬼は「それならば吸う吸う」と言う時に、婿は、顔をかかえて、「ああ、ああ」と言って、床を転げまわる。鬼は歩いて帰った。
※「ふしまろぶ」について、実際は婿は痛そうな演技をしているだけである。