源氏物語『車争ひ』解説・品詞分解(3)

「黒=原文」・「赤=解説」「青=現代語訳」
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【人物紹介】
本文における斎宮=六条の御息所の娘。梅壺女御。秋好(あきこのむ)中宮。御息所の死後、光源氏が後ろ盾となり冷泉帝のもとに入内し、梅壺女御となった後、正式に中宮となる。
冷泉帝=表向きは桐壷帝と藤壺の息子だが、実は光源氏と藤壺の子。


斎宮の御母御息所、もの思し乱るる慰めにもと、忍びて出で給へ  なり けり

斎宮=天皇の代ごとに選ばれ、伊勢神宮に奉仕する未婚の皇女(みこ)。当然、天皇の代が変わればその任を解かれることになる。

もの思し乱るる=ラ行下二段動詞「もの思し乱る」の連体形、「思ひ乱る」の尊敬語。あれこれ考えて思い乱れる。動作の主体である六条の御息所を敬っている。

や=疑問の係助詞、結びは連体形となるはずだが、ここでは省略されている。係り結びの省略。「せ(サ変動詞の未然形)/む(意志の助動詞の連体形)」が省略されている。

給へ=補助動詞ハ行四段「給ふ」の已然形、尊敬語。動作の主体である六条の御息所を敬っている。

る=存続の助動詞「り」の連体形、接続はサ変なら未然形・四段なら已然形

なり=断定の助動詞「なり」の連用形、接続は体言・連体形

けり=詠嘆の助動詞「けり」の終止形、接続は連用形。「けり」は過去の意味で使われることがほとんどだが、①和歌での「けり」②会話文での「けり」③なりけりの「けり」では詠嘆に警戒する必要がある。①はほぼ必ず詠嘆だが、②③は文脈判断

斎宮の御母の御息所(六条の御息所のこと)が、あれこれと思い乱れてお気持ちの慰めにでもしようかと、人目を避けてお出かけになっているのであったのだ。


つれなしづくれ 、おのづから見知り

つれなしづくれ=ラ行四段動詞「つれなしづくる」の已然形、平気なふりをする、そしらぬふりをする
つれなし=ク活用の形容詞、平然としている、素知らぬ顔だ。冷ややかだ、冷淡だ。「連れ無し」ということで、関連・関係がない様子ということに由来する。

ど=逆接の接続助詞、活用語の已然形につく

ぬ=完了の助動詞「ぬ」の終止形、接続は連用形

何気ないふりを装っているが、(葵の上は乗り主が御息所だと)自然と気づいた。


「さばかりては、 言は 。」

に=断定の助動詞「なり」の連用形、接続は体言・連体形

さ=副詞、そう、その通りに、そのように

な=副詞、そ=終助詞
「な~そ」で「~するな(禁止)」を表す。

せ=使役の助動詞「す」の連用形、接続は未然形。「す」には、「使役と尊敬」の二つの意味があるが、直後に尊敬語が来ていない場合は必ず「使役」の意味である。

「それくらい(の身分)では、そのよう口はたたかせるな。」
※六条の御息所は、亡き東宮(皇太子)の妃であった上に、大臣の娘でもあり身分は高かったが、このようなことを葵の上方の供人に言われてしまった。


「大将殿を豪家には思ひ聞こゆ らむ。」など言ふを、

ぞ=強調の係助詞、結びは連体形となる。係り結び

豪家=名詞、頼みにする権威、よりどころ。格式高い家、権勢のある家

聞こゆ=補助動詞ヤ行下二「聞こゆ」の終止形、謙譲語。動作の対象である大将殿(光源氏)を敬っている。

らむ=現在推量の助動詞「らむ」の連体形、接続は終止形(ラ変なら連体形)。係助詞「ぞ」を受けて連体形となっている。係り結び

「大将殿(光源氏)を権威として頼みに思い申し上げてるのだろう。」などと(葵の上方の供人が)言うのを


その御方の人も混じれ いとほしと見ながら、

れ=存続の助動詞「り」の已然形、接続はサ変なら未然形・四段なら已然形

ば=接続助詞、直前が已然形だから①原因・理由「~なので、~から」②偶然条件「~ところ・~と」③恒常条件「(~する)といつも」のどれかであるが、文脈判断をして①の意味でとる。ちなみに、直前が未然形ならば④仮定条件「もし~ならば」である。

いとほし=シク活用の形容詞「いとほし」の終止形、かわいそうだ、気の毒だ。困る、いやだ。かわいい、いとしい

(葵の上方の供人の中には)その御方(光源氏)に普段仕えている者も交じっているので、(葵の上は六条の御息所の事を)気の毒にと思いながらも、


用意せ わづらはしけれ 、知らず顔をつくる。

用意せ=サ変動詞「用意す」の未然形、心づかいをする、注意・用心する。前もって準備する。「名詞+す(サ変動詞)」で一つのサ変動詞になるものがいくらかある。例:「心す」、「愛す」、「ご覧ず」

む=婉曲の助動詞「む」の連体形、接続は未然形。直後に「こと」などが省略されているため連体形となっている。この「む」は、㋜推量・㋑意志・㋕勧誘・㋕仮定・㋓婉曲の五つの意味があるが、文中に来ると「㋕仮定・㋓婉曲」のどれかである。直後に体言があると婉曲になりがち。
訳:「気を使う(ような)のも」

わづらはしけれ=シク活用の形容詞「わづらはし」の已然形、面倒なさま、いとわしい、いやだ

ば=接続助詞、直前が已然形であり、①原因・理由「~なので、~から」の意味で使われている。

気を遣うのも面倒なので、知らない顔をしている。



つひに、御車ども立て続けつれ 副車(そえぐるま)の奥におしやられて、物も見えず。

つれ=完了の助動詞「つ」の已然形、接続は連用形

ば=接続助詞、直前が已然形であり、①原因・理由「~なので、~から」の意味で使われている。

副車=名詞、お供の人の車、随行者に貸し与えられた牛車。人給ひ(ひとだまひ)と同じ意味

とうとう(葵の上の車が六条の御息所の車を押しのけて)御車の列を立て並べてしまったので、(葵の上の)お供の者が乗る車の後ろに押しやられて、(六条の御息所は)何も見えない。


心やましきをばさるものにて、かかる やつれをそれと知ら ぬるが、いみじう ねたきこと、限りなし。

心やましき=シク活用の形容詞「心疾し」の連体形、思い通りにならず不満なさま、劣等感から不快を感じるさま

然(さ)るもの=もっともなこと、当然なこと。そのようなもの。しかるべきもの
さる=ラ変動詞「然り(さり)」の連体形

かかる=ラ変動詞「かかり」の連体形、このような、こういう

やつれ=名詞、人目を忍ぶ姿、目立たない姿になること。みすぼらしくなること

れ=受身の助動詞「る」の連用形、接続は未然形。「る」には「受身・尊敬・自発・可能」の四つの意味があるがここは文脈判断。

ぬる=完了の助動詞「ぬ」の連体形、接続は連用形

いみじう=シク活用の形容詞「いみじ」の連用形が音便化したもの、(いい意味でも悪い意味でも)程度がひどい、甚だしい、とても

ねたき=ク活用の形容詞「ねたし」の連体形、しゃくだ、忌々しい、腹立たしい

腹立たしいのは当然として、このような人目を忍ぶ姿をはっきりと知られてしまったことが、ひどく腹立たしいこと、この上ない。


榻(かぢ)などもみな押し折らて、すずろなる 車の筒にうちかけたれ 

れ=受身の助動詞「る」の連用形、接続は未然形

すずろなる=ナリ活用の形容動詞「すずろなり」の連体形、意に反して、意に関係なく。むやみやたらである。何の関係もないさま

車の筒=轂(こしき)のこと。牛車の車輪の中央にある円木

たれ=存続の助動詞「たり」の已然形、接続は連用形

ば=接続助詞、直前が已然形であり、①原因・理由「~なので、~から」の意味で使われている。

榻などもみな押し折られて、本来ある場所とは全く違う車の轂(こしき)に掛けているので、


またなう 人わろく、くやしう、何に  らむと思ふにかひなし

またなう=ク活用の形容詞「またなし」の連用形が音便化したもの、またとない、二つとない

人わろく=ク活用の形容詞「人悪ろし」の連用形、外聞が悪い、みっともない、体裁が悪い

来(き)=カ変動詞「来(く)」の連用形

つ=強意の助動詞「つ」の終止形、接続は連用形。「つ・ぬ」は「完了・強意」の二つの意味があるが、直後に推量系統の助動詞「む・べし・らむ・まし」などが来るときには「強意」の意味となる

らむ=現在推量の助動詞「らむ」の連体形、接続は終止形(ラ変なら連体形)。おそらく疑問の係助詞「か」が省略されていて係り結びが起こっている。

かひなし=ク活用の形容詞「甲斐(かひ)なし」の終止形、どうしようもない、効果がない、むだだ

またとなく体裁が悪く、悔しく、何のために来てしまったのだろうと思うが、どうしようもない。


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源氏物語『車争ひ』まとめ