源氏物語『車争ひ』問題(前半)の解答

「青字=解答」「※赤字=注意書き、解説等」
問題はこちら源氏物語『車争ひ』問題(前半)

大殿には、かやうの御歩きもをさをさしたまはぬに、御心地さへ悩ましければ、思しかけざりけるを、若き人びと、「いでや。おのがどちひき忍びて見侍らむこそ、はえなかるべけれおほよそ人だに、今日の物見には、大将殿をこそは、あやしき山がつさへ奉らむとすなれ。遠き国々より、妻子を引き具しつつも参で来なるを。御覧ぜぬは、いとあまりも侍るかな」と言ふを、大宮聞こし召して、「御心地もよろしき隙なり。候ふ人びともさうざうしげなめり。」とて、にはかにめぐらし仰せ給ひて、見給ふ

日たけゆきて、儀式もわざとならぬさまにて出で給へり隙もなう立ちわたりたるに、よそほしう引き続きて立ちわづらふ。 よき女房車多くて、雑々の人なき隙を思ひ定めて、皆さし退けさするなかに、網代のすこしなれたるが、下簾のさまなどよしばめるに、いたう引き入りて、ほのかなる袖口、裳の裾、汗衫など、ものの色、いときよらにて、ことさらにやつれたるけはひしるく見ゆる車、二つあり。

「これは、さらにさやうにさし退けなどすべき御車にもあらず。」 と、口強くて、手触れさせず。 いづかたにも、若き者ども酔ひ過ぎ、立ち騒ぎたるほどのことは、えしたためあへずおとなおとなしき御前の人びとは、「かくな」など言へど、えとどめあへず。


問題1.⑱網代、の漢字の読みを答えよ。

あじろ


問題2.③おほよそ人、⑤あやしき、⑨聞こし召す、⑫にはかに、⑯立ちわづらふ、⑲きよらに、㉓おとなおとなしき、のここでの意味を答えよ。

(光源氏と)ご縁のない人たち
凡人(おほよそびと)=世間一般の人、特別な関係のない普通の人。
おほよそ=だいたい、普通、一般

卑しい・身分が低い
あやしき=シク活用の形容詞「あやし(賤し)」の連体形、身分が低い。粗末だ、見苦しい。古文では貴族が中心であり貴族にとって庶民は別世界のあやしい者に見えたことから派生
お聞きになる・聞きなさる
聞こし召し=サ行四段動詞「聞こし召す」の連用形。「聞く」の尊敬語。動作の主体である大宮(葵の上の母)を敬っている。「食ふ・飲む・治む・行ふ」などの尊敬語でもある。
急に
車を止めるのに困っている
美しく
年配で分別のある
おとなおとなしき=シク活用の形容詞「大人大人し」の連体形、(大人は落ち着いていて思慮分別のあることから)年をとっていて分別がある、思慮分別がある。大人びている。年配で頭だっている


問題3.副助詞④だに、⑥さへ、のここで意味を答えよ。

さえ
だに=副助詞、類推(~さえ・~のようなものでさえ)。強調(せめて~だけでも)。添加(~までも)
ここでは類推の意味

までも
さへ=副助詞、添加(~までも)。類推(~さえ)
ここでは添加の意味


問題4.⑦奉ら、⑨聞こし召し、⑬給ふ、の敬語の種類(尊敬・謙譲・丁寧のどれか)と誰から誰への敬意か答えよ。

⑦敬語の種類:謙譲語
⑦誰から:若き人びと
⑦誰へ:大将殿(光源氏)

⑨敬語の種類:尊敬語
⑨誰から:作者
⑨誰へ:大宮(葵の上の母)

⑬敬語の種類:尊敬語
⑬誰から:作者
⑬誰へ:大殿(葵の上)

※誰からに関しては、すべてその敬語を使った人間からの敬意である
尊敬語は動作の主体を敬う
謙譲語は動作の対象を敬う
丁寧語はその言葉の受け手(聞き手/読み手)を敬う。


問題5.⑧すなれ、⑪さうざうしげなめり、⑭給へり、⑰さし退けさする、を例にならって品詞分解し、説明せよ。また「⑪さうざうしげなめり」の現代語訳も答えよ。

例:「い は/れ/ず。」
いは=動詞・四段・未然形
れ=助動詞・受身・未然形
ず=助動詞・打消・終止形

⑧品詞分解:「す/な れ
す=動詞・サ変・終止形
なれ=助動詞・伝聞・已然形

なれ=伝聞の助動詞「なり」の已然形、接続は終止形(ラ変なら連体形)。係助詞「こそ」を受けて已然形となっている。係り結び。直前に「す(サ変の終止形)」が来ているため接続が体言・連体形である断定・存在の助動詞「なり」のことではない。訳:「(聞いたところによると)~だそうだ」

⑪品詞分解:「さ う ざ う し げ な/め り
さうざうしげな=形容動詞・ナリ活用・連体形
めり=助動詞・推定・終止形

さうざうしげな=ナリ活用の形容動詞「さうざうしげなり」の連体形が音便化して無表記になったもの、「なる」→「なん(音便化)」→「な」。なんとなく物足りない、心寂しい
めり=推定の助動詞「めり」の終止形、接続は終止形(ラ変なら連体形)。

⑭品詞分解:「給 へ/り
給へ=動詞・四段・已然形
り=助動詞・完了・終止形

給へ=補助動詞ハ行四段「給ふ」の已然形、尊敬語。動作の主体である葵の上を敬っている。
り=完了の助動詞「り」の終止形、接続はサ変なら未然形・四段なら已然形

⑰品詞分解:「さ し 退 け/さ す る
さし退け=動詞・下二・未然形
さする=助動詞・使役・連体形

さする=使役の助動詞「さす」の連体形、接続は未然形。「さす」には、「使役と尊敬」の二つの意味があるが、直後に尊敬語が来ていない場合は必ず「使役」の意味である。

⑪現代語訳:物足りなさそうです・つまらなそうだ


問題6.「①をさをさしたまはぬに」、「②おのがどちひき忍びて見侍らむこそ、はえなかるべけれ」、「⑩御心地もよろしき隙なり」、「⑮隙もなう立ちわたりたるに」、「⑳ことさらにやつれたるけはひしるく見ゆる車」、「㉑さらにさやうにさし退けなどすべき御車にもあらず」、「㉒えしたためあへず」、「㉔かくな」、の現代語訳を答えよ。

めったになさらない上に
をさをさ=副詞、(下に打消の語を伴って)すこしも、めったに

私どもだけでひっそりと見物しますとしても、そのようなことは見栄えがしないでしょう

ご気分もまあまあよろしい折です
よろしき=シク活用の形容詞「宜し」の連体形、だいたいよい、まあよい。普通だ、平凡だ。「良し」より意味が弱い。「よろし」<「よし」
隙(ひま)=名詞、隙間、物と物との間。ここでは気分の悪い時期の合い間にある気分の良い時期、病気の絶え間

(物見の車が)隙間もなく立ち並んでいる所に
立ちわたり=ラ行四段動詞「立ちわたる」の連用形、立ち並んでいる
わたる=補助動詞ラ行四段、一面に~する、ずっと~し続ける

わざと地味で目立たないようにしている様子がはっきりと分かる車
ことさらに=ナリ活用の形容動詞「殊更なり」の連用形、事を改めてするさま、わざわざ
やつれ=ラ行下二段動詞「やつる」の連用形、地味で目立たない姿になる、人目につかない服装になる。みすぼらしくなる、やつれる
しるく=ク活用の形容詞「しるし」の連用形、きわだっている、はっきりしている、明白である。

決してそのように押しのけなどしてよい御車でもない
さらに=副詞、下に打消の表現を伴って「けっして~、すこしも~」。その上、重ねて。改めて

とても抑止することはできない
え=副詞、下に打消の表現を伴って「~できない」

したためあへ=ハ行下二段動詞「したためあふ」の連用形、しっかり抑止する、止める、抑える、
認む(したたむ)=マ行下二段動詞、整理する、きちんとまとめる。治める、支配する。
敢ふ(あふ)=補助動詞ハ行下二、完全に~しきる、十分に~する、終わりまで~しおおせる

そのようなことはするな
かくな=「かく/な/せ/そ」の略
かく=副詞、このように、こんな、こう

な=副詞、せ=サ変動詞の未然形、そ=終助詞
「な~そ」で「~するな(禁止)」を表す。

源氏物語『車争ひ』解説・品詞分解(1)

源氏物語『車争ひ』まとめ