「黒=原文」・「赤=解説」・「青=現代語訳」
原文・現代語訳のみはこちら宇治拾遺物語『歌詠みて罪を許さるること』現代語訳
今は昔、大隅守(おほすみのかみ)なる人、国の政(まつりごと)をしたため行ひ たまふ間、郡司のしどけなかり けれ ば、
なる=断定の助動詞「なり」の連体形、接続は体言・連体形
したため行ひ=ハ行四段動詞の連用形、(政治・政務)を執り行う、治める、支配する
たまふ=補助動詞ハ行四段「たまふ」の連体形、尊敬語。動作の主体である大隅守を敬っている。
しどけなかり=ク活用の形容詞「しどけなし」の連用形、乱れている、だらしがない
けれ=過去の助動詞「けり」の已然形、接続は連用形
ば=接続助詞、直前が已然形だから①原因・理由「~なので、~から」②偶然条件「~ところ・~と」③恒常条件「(~する)といつも」のどれかであるが、文脈判断をして①の意味でとる。ちなみに、直前が未然形ならば④仮定条件「もし~ならば」である。
今となっては昔のことだが、大隅守という人が、(国司として)国の政治を執り行っていらっしゃった時に、郡司(国司のもとで群を納める地方行政官)がだらしなかったので、
「召しにやりて、いましめ む。」といひて、さきざきのやうにしどけなきことありけるには、罪にまかせて、重く軽くいましむることありけれ ば、
召し=サ行四段動詞「召す」の連用形、尊敬語、呼び寄せる
やり=ラ行四段動詞「やる」の連用形、(人などを)送る、派遣する
いましめ=マ行下二動詞「いましむ」の連用形、罰する。「いましむる」は連体形
む=意志の助動詞「む」の終止形、接続は未然形。この「む」は、㋜推量・㋑意志・㋕勧誘・㋕仮定・㋓婉曲の五つの意味があるが、文末に来ると「㋜推量・㋑意志・㋕勧誘」のどれかである。あとは文脈判断。
先々(さきざき)=名詞、以前、まえまえ。将来、あとあと。文脈に応じて判断。
ける=過去の助動詞「けり」の連体形、接続は連用形
けれ=過去の助動詞「けり」の已然形、接続は連用形
ば=接続助詞、直前が已然形だから①原因・理由「~なので、~から」②偶然条件「~ところ・~と」③恒常条件「(~する)といつも」のどれかであるが、おそらく②の意味だと思われる。ちなみに、直前が未然形ならば④仮定条件「もし~ならば」である。
「呼びに使いをやって、罰しよう。」と(大隅守は)言って、以前のようにだらしないことがあった時には、罪に応じて、重くあるいは軽く罰することがあったところ、
一度にあらず、たびたび、しどけなきことあれば、重くいましめむとて、召す なり けり。
に=断定の助動詞「なり」の連用形、接続は体言・連体形
ず=打消の助動詞「ず」の連用形、接続は未然形
ば=接続助詞、直前が已然形だから①原因・理由「~なので、~から」②偶然条件「~ところ・~と」③恒常条件「(~する)といつも」のどれかであるが、文脈判断をして①の意味でとる。ちなみに、直前が未然形ならば④仮定条件「もし~ならば」である。
む=意志の助動詞「む」の終止形、接続は未然形。この「む」は、㋜推量・㋑意志・㋕勧誘・㋕仮定・㋓婉曲の五つの意味があるが、文末に来ると「㋜推量・㋑意志・㋕勧誘」のどれかである。あとは文脈判断。
召す=サ行四段動詞「召す」の連体形、直後に接続が体言・連体形となる助動詞「なり」が来ているため連体形である。
なり=断定の助動詞「なり」の連用形、接続は体言・連体形
けり=過去の助動詞「けり」の終止形、接続は連用形
一度ではなく、たびたびだらしないことがあったので、重く罰しようということで、呼んだのであった。
「ここに召して、率(ゐ)て参り たり。」と、人の申し けれ ば、
率(ゐ)=ワ行上一動詞「率(ゐ)る」の連用形。率(ひき)いる、引き連れていく。上一段活用の動詞は「{ ひ・い・き・に・み・ゐ } る」
参り=ラ行四段動詞「参る」の連用形、「行く」の謙譲語、動作の対象(参られた人)である大隅守を敬っている。
たり=完了の助動詞「たり」の連用形、接続は連用形
申し=サ行四段動詞「申す」の連用形、「言ふ」の謙譲語、動作の対象(申された人)である大隅守を敬っている。
けれ=過去の助動詞「けり」の已然形、接続は連用形
ば=接続助詞、直前が已然形だから①原因・理由「~なので、~から」②偶然条件「~ところ・~と」③恒常条件「(~する)といつも」のどれかであるが、文脈判断をして①の意味でとる。ちなみに、直前が未然形ならば④仮定条件「もし~ならば」である。
「ここに呼んで、連れて参りました。」と、人が申したので、
さきざきするやうに、し伏せて、尻、頭にのぼりゐ たる人、しもとをまうけて、打つべき人まうけて、さきに、人二人引き張りて、出で来 たるを見れば、
し伏せ=サ行下二動詞「し伏す」の連用形、うつ伏せにする
ゐ=ワ行上一動詞「居(ゐ)る」の連用形
たる=存続の助動詞「たり」の連体形、接続は連用形。
笞(しもと)=名詞、罪人を打つのに用いるムチや杖
まうけ=カ行下二動詞「まうく(設く/儲く)」の連用形、準備をする、用意をする
べき=当然の助動詞「べし」の連体形、接続は終止形(ラ変なら連体形)。「べし」は㋜推量㋑意志㋕可能㋣当然㋱命令㋢適当のおよそ六つの意味がある
出で来(き)=カ変動詞「出(い)で来(く)」の連用形。直後に接続が連用形となる助動詞「たり」が来ているため連用形となり、「出で来(き)」と読む。
たる=完了の助動詞「たり」の連体形、接続は連用形。
ば=接続助詞、直前が已然形だから①原因・理由「~なので、~から」②偶然条件「~ところ・~と」③恒常条件「(~する)といつも」のどれかであるが、文脈判断をして②の意味でとる。ちなみに、直前が未然形ならば④仮定条件「もし~ならば」である。
以前したようにうつ伏せにして、尻や頭に乗っておさえる人、鞭を準備して、打つはずの人を用意して、先に二人が引っ張って出て来たのを(大隅守が)見ると、
頭は黒髪もまじらず、いと白く、年老い たり。
ず=打消の助動詞「ず」の連用形、接続は未然形
老い=ヤ行上二動詞「老ゆ」の連用形。ヤ行上二段活用の動詞は「老ゆ・悔ゆ・報ゆ」の3つだけだと思って、受験対策に覚えておいた方がよい。
たり=存続の助動詞「たり」の終止形、接続は連用形
(郡司の)頭は黒い毛も交じっていないほど、とても白く、年老いていた。
見るに、打(ちやう)ぜ むこといとほしく おぼえ けれ ば、
打ぜ=サ変動詞「打(ちやう)ず」の未然形、打ちたた。 「名詞+す(サ変動詞)」で一つのサ変動詞になるものがいくらかある。例:「音す」、「愛す」、「ご覧ず」く
む=婉曲の助動詞「む」の連体形、接続は未然形。この「む」も、㋜推量・㋑意志・㋕勧誘・㋕仮定・㋓婉曲の五つの意味があるが、先程とは異なり文中に来ると「㋕仮定・㋓婉曲」のどれかである。あとは文脈判断であるが、直後に体言が来ると婉曲になりがち。訳:「むちで打つ(ような)こと」
いとほしく=シク活用の形容詞「いとほし」の連用形、かわいそうだ、気の毒だ、不憫だ
おぼえ=ヤ行下二動詞「おぼゆ」の連用形。「ゆ」には受身・自発・可能の意味が含まれており、ここでは「自発」の意味で使われている。訳:「(自然と)思われて、感じて」
けれ=過去の助動詞「けり」の已然形、接続は連用形
ば=接続助詞、直前が已然形だから①原因・理由「~なので、~から」②偶然条件「~ところ・~と」③恒常条件「(~する)といつも」のどれかであるが、文脈判断をして①の意味でとる。ちなみに、直前が未然形ならば④仮定条件「もし~ならば」である。
(大隅守はその郡司の姿を)見ると、鞭で打ちたたくことがかわいそうに思われたので、
何事につけてか、これをゆるさむと思ふに、事つく べきことなし。
か=疑問の係助詞、結びは連体形となる。係り結び
む=意志の助動詞「む」の連体形、接続は未然形。係助詞「か」を受けて連体形となっている。係り結び。この「む」は、㋜推量・㋑意志・㋕勧誘・㋕仮定・㋓婉曲の五つの意味があるが、文末に来ると「㋜推量・㋑意志・㋕勧誘」のどれかである。あとは文脈判断。
事つく=カ行下二動詞「事つく」の終止形、かこつける、口実にする
べき=可能の助動詞「べし」の連体形、接続は終止形(ラ変なら連体形)。「べし」は㋜推量㋑意志㋕可能㋣当然㋱命令㋢適当のおよそ六つの意味がある
何かに理由をつけて、この者(郡司)を許してやろうかと思うのだが、口実にできることがない。
あやまちどもを、片端より問ふに、ただ老いを高家にて、いらへ をる。いかにして、これをゆるさむと思って、
高家=名詞、頼みにする権威、よりどころ。格式高い家、権勢のある家。
いらへ=ハ行下二段動詞「答ふ/応ふ(いらふ)」の連用形、答える、返事をする
をる=補助動詞ラ変「をり」の連体形。動作・状態の存続を表す、「~ている」
いかに=副詞、どのように、どう
む=意志の助動詞「む」の終止形、接続は未然形。この「む」は、㋜推量・㋑意志・㋕勧誘・㋕仮定・㋓婉曲の五つの意味があるが、文末に来ると「㋜推量・㋑意志・㋕勧誘」のどれかである。あとは文脈判断。
過ちなどを、片っ端から問いただすが、ただ老齢を口実にして答えている。どうにかして、この者を許してやろうと思って、
「おのれはいみじき 盗人(ぬすびと) かな。歌よみて む や。」といへば、
いみじき=シク活用の形容詞「いみじ」の連体形、(いい意味でも悪い意味でも)程度がひどい、甚だしい、とても
盗人(ぬすびと)=名詞、盗みをする人、人をののしって言う言葉、悪党
かな=詠嘆の終助詞
て=強意の助動詞「つ」の未然形、接続は連用形。「つ・ぬ」は「完了・強意」の二つの意味があるが、直後に推量系統の助動詞「む・べし・けむ・らむ」などが来るときには「強意」の意味となる
む=推量の助動詞「む」の終止形、接続は未然形。この「む」は、㋜推量・㋑意志・㋕勧誘・㋕仮定・㋓婉曲の五つの意味があるが、文末に来ると「㋜推量・㋑意志・㋕勧誘」のどれかである。
や=疑問の終助詞。もしかしたら係助詞かもしれないが、あまり気にしなくてもよい。
ば=接続助詞、直前が已然形だから①原因・理由「~なので、~から」②偶然条件「~ところ・~と」③恒常条件「(~する)といつも」のどれかであるが、文脈判断をして②の意味でとる。ちなみに、直前が未然形ならば④仮定条件「もし~ならば」である。
「おまえはとんでもない奴だな。歌は詠めるのか。」と言うと、
「はかばかしから ず さぶらへ ども、詠みさぶらひ な む。」と申し けれ ば、
はかばかしから=シク活用の形容詞「捗々(はかばか)し」の未然形、思うように物事がはかどる様子、頼もしい、しっかりしている
ず=打消の助動詞「ず」の連用形、接続は未然形
さぶらへ=補助動詞ハ行四段「さぶらふ」の已然形、丁寧語。~です、ます。ございます、あります。聞き手である大隅守を敬っている。
丁寧語:言葉を使った人から使われた人への敬意を表す。会話においての敬意は話から聞き手に対して、地の文においての敬意は作者から読み手に対するものである。
ども=逆接の接続助詞、活用語の已然形につく。~けれども
さぶらひ=補助動詞ハ行四段「さぶらふ」の連用形、丁寧語。聞き手である大隅守を敬っている。
な=強意の助動詞「ぬ」の未然形、接続は連用形。「つ・ぬ」は「完了・強意」の二つの意味があるが、直後に推量系統の助動詞「む・べし・けむ・らむ」などが来るときには「強意」の意味となる
む=意志の助動詞「む」の終止形、接続は未然形。この「む」は、㋜推量・㋑意志・㋕勧誘・㋕仮定・㋓婉曲の五つの意味があるが、文末に来ると「㋜推量・㋑意志・㋕勧誘」のどれかである。
申し=サ行四段動詞「申す」の連用形、「言ふ」の謙譲語、動作の対象(申された人)である大隅守を敬っている。
けれ=過去の助動詞「けり」の已然形、接続は連用形
ば=接続助詞、直前が已然形だから①原因・理由「~なので、~から」②偶然条件「~ところ・~と」③恒常条件「(~する)といつも」のどれかであるが、文脈判断をして①の意味でとる。ちなみに、直前が未然形ならば④仮定条件「もし~ならば」である。
「たいそうなものではございませんが、お詠みしましょう。」と申したので、
「さらばつかまつれ。」と言はれて、ほどもなく、わななき声にて、うち出だす。
つかまつれ=ラ行四段動詞「つかまつる」の命令形。謙譲語。何らかの動詞を表す謙譲語、ここでは「詠む」という動詞の謙譲語として使われている。ここでは違うが、一般的には「お仕え申し上げる」と言った意味で使われる。
れ=受身の助動詞「る」の連用形、接続は未然形。「る」には「受身・尊敬・自発・可能」の四つの意味があるがここは文脈判断。
うち出だす=サ行四段動詞、終止形、声に出して吟唱する、詠み上げる、出る。「うち」は接頭語であり、あまり気にしなくて良い。
「それならば詠め」と言われて、ほどなく、震え声で詠みだした。
年を経て かしらの雪は 積もれども しもと見るにぞ 身は冷えにける
※掛詞=同音異義を利用して、一つの語に二つ以上の意味を持たせたもの。
掛詞の見つけ方(あくまで参考に、いずれも必ずではありません。)
①ひらがなの部分
②和歌に至るまでの経緯で出て来た単語
③地名などの固有名詞
ども=逆接の接続助詞、活用語の已然形につく。
しもと見る=掛詞、「霜と見る(霜を見る)」と「笞見る(笞を見る)」が掛けられている。いずれもラ行下二。掛詞は基本的にひらがなで書かれている。漢字にしてしまうと読み手が一つの意味だけでとらえてしまうから。例外有り。
ぞ=強調の係助詞、結びは連体形となる。係り結び
に=完了の助動詞「ぬ」の連用形、接続は連用形
ける=詠嘆の助動詞「けり」の連体形、接続は連用形。和歌においての「けり」はほぼ100%「詠嘆」の意味である。係助詞「ぞ」を受けて連体形となっている。係り結び
年をとって私の頭は雪が積もったように白くなりましたが、むち(しもと)を見ると体がぞっとしてしまいます。
と言ひけれ ば、いみじう あはれがりて、感じて許しけり。
けれ=過去の助動詞「けり」の已然形、接続は連用形
ば=接続助詞、直前が已然形だから①原因・理由「~なので、~から」②偶然条件「~ところ・~と」③恒常条件「(~する)といつも」のどれかであるが、文脈判断をして①の意味でとる。ちなみに、直前が未然形ならば④仮定条件「もし~ならば」である。
いみじう=シク活用の形容詞「いみじ」の連用形が音便化したもの、(いい意味でも悪い意味でも)程度がひどい、甚だしい、とても
あはれがり=ラ行四段動詞「あはれがる」の連用形、心を動かされたという意味を表す言葉。感動する、感心する同情する、かなしむ
感じ=サ変動詞「感ず」の連用形、心を動かされる、感動する。 「名詞+す(サ変動詞)」で一つのサ変動詞になるものがいくらかある。例:「音す」、「愛す」、「ご覧ず」
けり=過去の助動詞「けり」の終止形、接続は連用形
と言ったので、(大隅守は)たいそう心を動かされ、感心して許した。
人はいかにも 情けはあるべし。
いかにも=どのようにでも、まったく、実に、確かに。「いかに(副詞)/も(係助詞)」
情け=名詞、風流を理解する心、風流な心
べし=当然の助動詞「べし」の終止形、接続は終止形(ラ変なら連体形)。「べし」は㋜推量㋑意志㋕可能㋣当然㋱命令㋢適当のおよそ六つの意味がある
人には、実に(このような)風流な心があるべきだ。
※説話集の最後は編集者のコメント・感想で終わることが多い。