平家物語『木曾の最期』(1)解説・品詞分解(巴との別れ)

「黒=原文」・「赤=解説」「青=現代語訳」

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木曾左馬頭(きそのさまのかみ)、その日の装束には、赤地の錦の直垂(ひたたれ)に、唐綾縅(からあやおどし)の鎧着て、鍬形(くはがた)打つたる甲(かぶと)の緒締め、いか物づくりの大太刀はき、石打ちの矢の、その日のいくさに射て少々残つたるを、頭高(かしらだか)に負ひなし、滋籘(しげどう)の弓持つて、聞こゆる木曾の鬼葦毛(おにあしげ)といふ馬、きはめて太うたくましいに、金覆輪(きんぶくりん)の鞍(くら)置いて乗つたり ける

装束=名詞、衣服、服装、恰好

たる=存続の助動詞「たり」の連体形、接続は連用形。

厳物作り(いかものづくり)=名詞、厳めしい作りであること

頭高(かしらだか)に=ナリ活用形容動詞の連用形。矢を斜めに背負わず、肩越しに縦に背負っている様子。威勢良く見せる働きがある。

負ひなし=サ行四段動詞「負ひなす」の連用形。わざと~する、意識して~する

聞こゆる=連体詞、有名な、名高い、評判の

の=格助詞、用法は同格。「で」と訳すとよい。

ぞ=強調の係助詞、結びは連体形となる。係り結び。

たり=完了の助動詞「たり」の連用形、接続は連用形

ける=過去の助動詞「けり」の連体形、接続は連用形。係助詞「ぞ」を受けて連体形となっている。係り結び。

木曾左馬頭は、その日の服装には、赤地の錦の直垂に、唐綾縅の鎧を着て、鍬形を打ち付けた甲の緒を締めて、厳めしく作りの大太刀を腰につけ、石打ちの矢がその日の戦いで射て少し残っているのを、頭上に高く出して背負うようにして、藤をしげく巻き付けた弓を持って、有名な木曾の鬼葦毛という馬で、きわめて太くたくましい馬に金覆輪の鞍を置いて乗ったのだった。


鐙(あぶみ)ふんばり立ち上がり、大音声をあげて名のりけるは、「昔は聞きけん ものを、木曾の冠者(かんじゃ)、今は見るらん、左馬頭兼 伊予守(いよのかみ)、朝日将軍源義仲 

ける=過去の助動詞「けり」の連体形、接続は連用形

けん=過去推量の助動詞「けむ」の連体形の音便化したもの、接続は連用形

ものを=逆接の接続助動詞、接続は連体形

らん=現在推量の助動詞「らむ」の終止形の音便化したもの、接続は終止形(ラ変なら連体形)「(今頃)~ているだろう」

ぞ=強調の係助詞

や=間投助詞、ここでの用法はおそらく「呼びかけ」

鐙に足をかけて踏ん張って(馬の上に)立ち上がり、大声を上げて名のったことには、「昔聞いただろうが、(この私)木曾の冠者を、(お前は)いま見ているだろう。(私が)左馬頭兼 伊予守、朝日将軍源義仲であるぞ。


甲斐の一条次郎とこそ 聞け。互によいかたき 。義仲討つて兵衛佐(ひょうえのすけ)に見せよ 」とて、をめいて駆く。

こそ=強調の係助詞、結びは已然形となる。係り結び。

聞け=カ行四段動詞「聞く」の已然形。係助詞「こそ」を受けて已然形となっている。係り結び。

かたき(敵)=名詞、敵

ぞ=係助詞

見せよ=サ行下二動詞「見す」の命令形。見せる

や=間投助詞、ここでの用法はおそらく「呼びかけ」

をめい=カ行四段動詞「おめく(喚く)」の連用形の音便化したもの。わめく、大声で叫ぶ

(お前は)甲斐の一条次郎だと聞く。互いに良い(相手となる)敵だ。(この私)義仲を討って兵衛佐(源頼朝のこと)に見せよ。」と言って、大声を上げて馬で駆ける。


一条次郎、「ただいま名のるは大将軍余す 者ども、もらす 若党、討て 」とて、大勢の中に取りこめて、われ討つ取ら進みける

ぞ=係助詞

余す=サ行四段動詞「余す」の終止形、残す、取り逃す

な=終助詞、強い禁止を表す。~するな。

もらす=サ行四段動詞「もらす」の終止形、取り逃す

討て=タ行四段動詞「討つ」の命令形
や=間投助詞

取りこめ=マ行四段動詞「取りこむ」の連用形、取りかこむ

ん=意志の助動詞「む」の終止形の音便化したもの、接続は未然形。この「む」は、㋜推量・㋑意志・㋕勧誘・㋕仮定・㋓婉曲の五つの意味があるが、文末に来ると「㋜推量・㋑意志・㋕勧誘」のどれかである。あとは文脈判断。

ぞ=強調の係助詞、結びは連体形となる。係り結び。

ける=過去の助動詞「けり」の連体形、接続は連用形。係助詞「ぞ」を受けて連体形となっている。係り結び。

一条次郎は、「ただ今名のったのは大将軍(義仲のこと)だぞ。(敵を)残すな者ども、取り逃すな若者ども、討て。」と言って、大勢の中に(義仲の軍を)取り囲んで、我こそ討ち取ろうと進んだ。


木曾三百余騎、六千余騎が中を縦さま・横さま・蜘蛛手(くもで)・十文字に駆け割つて、後ろへつつと出でたれ 、五十騎ばかりになり けり

蜘蛛手=クモが手足を伸ばしている様子に例えて、四方八方に駆け回る様子を表している

つつと=副詞、勢いよく、さっと、ぱっと

たれ=完了の助動詞「たり」の已然形、接続は連用形

ば=接続助詞、直前が已然形だから①原因・理由「~なので、~から」②偶然条件「~ところ・~と」③恒常条件「(~する)といつも」のどれかであるが、文脈判断をして②の意味でとる。ちなみに、直前が未然形ならば④仮定条件「もし~ならば」である。

に=完了の助動詞「ぬ」の連用形、接続は連用形

けり=過去の助動詞「けり」の終止形、接続は連用形

木曾の三百余騎は、六千余騎の敵軍の中を、縦・横・八方・十字に駆け入って、後方へつっと出たところ、五十騎ほどになっていた。


そこを破つて行くほどに、土肥次郎実平(どいのじろうさねひら)二千余騎で支へ たり

支へ=ハ行下二動詞「支ふ」の連用形、防ぎとめる、はばむ

たり=完了の助動詞「たり」の終止形、接続は連用形

そこを突破して行くうちに、土肥次郎実平が二千騎ほどで(義仲らの行く手を)はばんでいた。


それをも破つて行くほどに、あそこでは四、五百騎、ここでは二、三百騎、百四、五十騎、百騎ばかりが中を駆け割り駆け割り行くほどに、主従五騎になり ける

ぞ=強調の係助詞、結びは連体形となる。係り結び。

に=完了の助動詞「ぬ」の連用形、接続は連用形

ける=過去の助動詞「けり」の連体形、接続は連用形。係助詞「ぞ」を受けて連体形となっている。

それをも破って行くうちに、あそこでは四、五百騎、ここでは二、三百騎、また百四、五十騎、さらに百騎ほどの中を何度も駆け破って行くうちに、主従(主と家来)合わせて五騎になってしまった。


五騎がうちまで巴は討た ざり けり

れ=受身の助動詞「る」の未然形、接続は未然形。「る」には受身・尊敬・自発・可能の四つの意味がある。

ざり=打消の助動詞「ず」の連用形、接続は未然形

けり=過去の助動詞「けり」の終止形、接続は連用形

五騎までになっても巴は討たれなかった。


木曾殿、「おのれは疾(と)う疾う、女なれ いづちへも行け。われは討死(うちじに)せと思ふなり

疾(と)う疾う=副詞、早く早く、さっさと。「さっさと行け」というように「行け」にかかる。

なれ=断定の助動詞「なり」の已然形、接続は体言・連体形

ば=接続助詞、直前が已然形であり、①原因・理由「~なので、~から」の意味でとる。

いづち(何処)=どこ、どちら

ん=意志の助動詞「む」の終止形、接続は未然形。この「む」は、㋜推量・㋑意志・㋕勧誘・㋕仮定・㋓婉曲の五つの意味があるが、文末に来ると「㋜推量・㋑意志・㋕勧誘」のどれかである。あとは文脈判断。

なり=断定の助動詞「なり」の終止形、接続は体言・連体形

木曽殿は、「お前は女であるから、どこへでもさっさと逃げて行け。私は討ち死にをしようと思うのだ。


もし人手にかから自害をせんずれ 

ば=接続助詞、直前が未然形なので④仮定条件「もし~ならば」である。「もし人手にかかるなら、」

んずれ=意志の助動詞「むず」の已然形の音便化したもの、接続は未然形。㋜推量・㋑意志・㋕勧誘・㋕仮定・㋓婉曲の五つの意味がある「む」と同じようなものだが、話し言葉で使われるのが「むず」、書き言葉で使われるのが「む」である。

ば=接続助詞、直前が已然形であり、①原因・理由「~なので、~から」の意味でとる。「自害をするつもりなので、」

もし人手にかかるならば自害をするつもりなので、


『木曾殿の、最後のいくさに女を具せ られ たり けり』なんど言は ことも、しかるべからず」とのたまひ けれども、

具せ=サ変動詞「具す」の未然形、連れ立つ、従える、伴う

られ=尊敬の助動詞「らる」の連用形、接続は未然形。「る」には受身・尊敬・自発・可能の四つの意味がある。

たり=完了の助動詞「たり」の連用形、接続は連用形

けり=過去の助動詞「けり」の終止形、接続は連用形

れ=受身の助動詞「る」の未然形、接続は未然形。

ん=仮定の助動詞「む」の連体形の音便化したもの、接続は未然形。「(もし)言われるとしたらそのようなことも、」

しかるべからず=適当でない、よくない、残念だ。「しかる(ラ変動詞の連体形)/べから(当然の助動詞)/ず(打消しの助動詞)」

のたまひ=ハ行四段動詞「のたまふ(宣ふ)」の連用形。「言ふ」の尊敬語。おっしゃる。動作の主体である木曾義仲を敬っている。

けれ=過去の助動詞「けり」の已然形、接続は連用形

『木曾殿の最後の戦いに女を連れていらっしゃった。』などと言われるとしたらそのようなことも、残念だ。」とおっしゃったけれども、
※このあたりの義仲の発言は巴を死なせないための口実であって、巴にここで死なず幸せになってほしいというのが義仲の本心だと考えられる。


なほ 落ちも行かざり けるが、あまりに言は 奉りて、

なほ(尚・猶)=副詞、それでもやはり、やはり

落ち=タ行上二動詞「落つ」の連用形、戦いに敗れて逃げる、逃げ落ちる

ざり=打消の助動詞「ず」の連用形、接続は未然形

ける=過去の助動詞「けり」の連体形、接続は連用形

れ=受身の助動詞「る」の連用形、接続は未然形

奉り=補助動詞ラ行四段、謙譲語。動作の対象を敬っている。おそらく木曾義仲を敬っている。

(巴は)それでも逃げて行かなかったが、あまりに言われて、


あつぱれよから 敵(かたき)がな。最後のいくさして見せ 奉ら 」とて、控へたるところに、

あっぱれ(天晴れ)=感嘆詞、ああ、ああ素晴らしい

よから=ク活用の形容詞「良し」の未然形

う=婉曲の助動詞、㋜推量・㋑意志・㋕勧誘・㋕仮定・㋓婉曲の五つの意味がある「む」の変化したもの。訳:「良い(ような)敵」

がな=終助詞、意味は願望

見せ=サ行下二動詞「見す」の連用形、見せる

奉ら=補助動詞ラ行四段「奉る」の未然形、謙譲語。動作の対象である木曾義仲を敬っている。

ん=意志の助動詞「む」の終止形の音便化したもの、接続は未然形。この「む」は、㋜推量・㋑意志・㋕勧誘・㋕仮定・㋓婉曲の五つの意味があるが、文末に来ると「㋜推量・㋑意志・㋕勧誘」のどれかである。あとは文脈判断。

たる=存続の助動詞「たり」の連体形、接続は連用形

「ああ、良い敵がいればなあ。最後の戦いをして見せ申し上げよう。」といって、待っているところに、


武蔵国に聞こえ たる大力(だいぢから)、御田八郎師重(おんだのはちらうもろしげ)、三十騎ばかりで出で来たり

聞こえ=ヤ行下二動詞「聞こゆ」の連用形。うわさされる、世に知られる、有名である

たる=存続の助動詞「たり」の連体形、接続は連用形

たり=完了の助動詞「たり」の終止形、接続は連用形

武蔵国で有名な大力の御田八郎師重が、三十騎ほど連れて出て来た。


巴、その中へ駆け入り、御田八郎に押し並べ、むずと取つて引き落とし、わが乗つたる鞍(くら)の前輪(まへわ)に押しつけて、ちつとも動かさず、首ねぢ切つて捨ててん げり

むずと=副詞、むんずと、力を込めて

たる=存続の助動詞「たり」の連体形、接続は連用形

てん=完了の助動詞「つ」の連用形が変化したもの、接続は連用形

げり=過去の助動詞「けり」の終止形が変化したもの、接続は連用形

巴は、そのなかに駆け入り、御田八郎に馬を押し並べ、むんずと(力を込めて)引き落とし、自分の乗っている馬の鞍の前輪に押しつけて、少しも身動きさせず、首をねじ切って捨ててしまった。


その後物の具脱ぎ捨て、東国の方(かた)へ落ち行く。手塚太郎(てづかのたろう)討死す。手塚別当(てづかのべつたう)落ち けり

物の具=名詞、武具、武器、鎧・甲など、道具

ぞ=強調の係助詞、結びは連体形となる。「行く」が結びとなり、連体形になっている。係り結び。

手塚太郎・手塚別当=二人とも木曾義仲の家来

に=完了の助動詞「ぬ」の連用形、接続は連用形

けり=過去の助動詞「けり」の終止形、接続は連用形

その後、武具を脱ぎ捨てて、東国の方へ逃げ落ちて行った。(ちなみにこの時、)手塚太郎は討ち死にした。手塚別当は逃げ落ちた。


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問題はこちら平家物語『木曾の最期』(1)問題1