「黒=原文」・「赤=解説」・「青=現代語訳」
原文・現代語訳のみはこちら宇治拾遺物語『博打、聟入りのこと』(1)現代語訳
昔、博打の子の年わかきが、目鼻一所にとりよせたるやうにて、世の人にも似 ぬありけり。
の=格助詞、用法は同格。「博打の子の年わかきが、」→「博打の子で年の若い者が、」
わかき=ク活用の形容詞「若し」の連体形、直後に「者(体言)」が省略されているため連体形の「若き」となっている。連体形(体言に連なる形)。「若き者が、」
たる=完了の助動詞「たり」の連体形、接続は連用形
似る=ナ行上一
ぬ=打消の助動詞「ず」の連体形、接続は未然形。直後に「者(体言)」が省略されているため連体形の「ぬ」となっている。「世間一般の人にも似ない者がいた。」
けり=過去の助動詞「けり」の終止形、接続は連用形
昔、博打の子で年の若い者が、目と鼻を一か所に寄せたようで、世間一般の人にも似ない者がいた。
ふたりの親、これいかにして世にあら せ んずると思ひてありけるところに、
いかにして=どのようにして
世にあらせんずる=直訳だと「世の中に存在させよう」という感じであるが、「世渡りさせよう」と自然に訳すとよい。
あら=ラ変動詞「あり」の未然形
せ=使役の助動詞「す」の未然形、接続は未然形。意味は「使役」と「尊敬」どちらかであるが、直後に尊敬語が来ていないときには必ず「使役」の意味になる。
ん(む)=意志の助動詞「むず(んず)」の連体形、接続は未然形。助動詞「む(ん)」とほぼ同じであるが、「推量」・「意志」・「適当、当然」と意味の数が異なったりする。また、「む」と比べてフランクな使われ方をする。
ける=過去の助動詞「けり」の連体形、接続は連用形
両親は、この子をどのようにして世渡りさせようかと思っていたところに、
長者の家にかしづく女のありけるに、顏よから ん聟とらんと、母のもとめけるをつたへ聞きて、
かしづく=カ行四段、大切に育てる
の=格助詞、用法は主格。「大切に育てている娘が」
ける=過去の助動詞「けり」の連体形、接続は連用形。最後の「ける」も全く同じ
よから=ク活用の形容詞「よし」の未然形
ん(む)=婉曲の助動詞「む」の連体形が音便化したもの、接続は未然形。この「む」は、㋜推量・㋑意志・㋕勧誘・㋕仮定・㋓婉曲の五つの意味があるが、文中に来ると「㋕仮定・㋓婉曲」のどれかである。あとは文脈判断であるが、直後にあるのが体言であればほぼ婉曲で間違いない。
ん(む)=意志の助動詞「む」の終止形が音便化したもの、接続は未然形。「顔よからん聟とらん。」と[ 。」 ]が省略されているため「終止形」である。上記と同じで五つの意味があるが、文末に来ると「㋜推量・㋑意志・㋕勧誘」のどれかである。あとは文脈判断。
長者(お金持ち)の家で大切に育てている娘がいたが、顔の良いような婿を取ろうと、(その娘の)母親が探し求めていたのを伝え聞いて、
「天(あめ)の下の顏よしといふ、『聟になら ん』とのたまふ」といひけれ ば、
いふ=ハ行四段の動詞「言ふ」の連体形。直後に「男」が省略されているため「連体形」である。「天下の顔が良いという男」
なら=ラ行四段の動詞「なり(成り)」の未然形
ん(む)=意志の助動詞「む」の終止形が音便化したもの。接続は未然形。[ 。』]が直後にあるものとして文末扱いする。文末に来ているので「㋜推量・㋑意志・㋕勧誘」のどれかである。あとは文脈判断。
のたまふ(宣ふ)=「言ふ」の尊敬語、ハ行四段。動作の主体(のたまう人)である天下の美男子を敬っている。
けれ=過去の助動詞「けり」の已然形、接続は連用形。
ば=接続助詞、直前が已然形だから①原因・理由「~なので、~から」②偶然条件「~ところ・~と」③恒常条件「(~する)といつも」のどれかであるが、文脈判断をして②の意味でとる。ちなみに、直前が未然形ならば④仮定条件「もし~ならば」である。
「天下の美男子という男が『婿になろう』とおっしゃっている」と言ったところ、
長者、よろこびて、「聟にとらん」とて、日をとりて契り て けり。
ん(む)=意志の助動詞「む」の終止形が音便化したもの、接続は未然形
とり=ラ行四段の動詞「とる(採る)」の連用形、選ぶ、採用する
契り(ちぎり)=ラ行四段の動詞「契る」の連用形、約束する
て=完了の助動詞「つ」の連用形、接続は連用形
けり=過去の助動詞「けり」の終止形、接続は連用形
(その)長者は喜んで、「(その男を)婿にとろう」と言って、日(吉日)を選んで約束してしまった。
その夜になりて、裝束など人にかりて、月はあかかり けれ ど、顏みえ ぬやうにもてなして、
あかかり=ク活用の形容詞「あかし(明し)」の連用形
けれ=過去の助動詞「けり」の已然形、接続は連用形
ど=接続助詞、①逆接の確定条件「~けれども、~だが」②逆接の恒常条件「たとえ~だとしても」、ここでは①の意味
みえ=ヤ行下二段動詞「見ゆ」の未然形、「ゆ」には受身・自発・可能の意味が含まれており、ここでは「可能」の意味になっている
ぬ=打消の助動詞「ず」の連体形、接続は未然形
もてなす=サ行四段、取りはからう、ふるまう
その夜になって、衣装などを人に借りて、月は明るかったが、顔が見えないように取り計らって、
博打ども集りてありけれ ば、人々しく おぼえて、心にくく思ふ。
けれ=過去の助動詞「けり」の已然形、接続は連用形
ば=接続助詞、直前が已然形であり、①原因・理由「~なので、~から」の意味で使われている
人々しく=シク活用の形容詞「人々し」の連用形、一人前である、人並みである
おぼえ=ヤ行下二の動詞「おぼゆ(覚ゆ)」の連用形。「ゆ」には受身・自発・可能の意味が含まれており、ここでは「自発」の意味で使われている。訳:「(自然と)思われて」
心にくく=ク活用の形容詞「心にくし」の連用形。奥ゆかしい、心惹かれる
(客として仲間の)博打打ち達が集まっていたので、一人前のものであるように思われて、(長者側の者たちには、その様子を)奥ゆかしく思った。