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土佐日記『帰京』(1・2)現代語訳

「黒=原文」・「青=現代語訳」

解説・品詞分解はこちら土佐日記『帰京』(1)解説・品詞分解
土佐日記『帰京』(2)解説・品詞分解

改訂版はこちら土佐日記『帰京』まとめ


京に入り立ちてうれし。家に至りて、門に入るに、

京に入ってうれしい。家に着いて、門に入ると、


月明かければ、いとよくありさま見ゆ。

月が明るいので、たいそうよく当たりの様子が見える。


聞きしよりもまして、言ふかひなくぞこぼれ破(や)れたる。

聞いていた話よりも言いようもなく壊れいたんでいる。


家に預けたりつる人の心も、荒れたるなりけり。

(この様子だと家だけではなく)家を預けていた人の心も荒れているのだなあ。


中垣こそあれ、一つ家のやうなれば、望みて預かれるなり。

(管理を頼んだ相手の家との間に)隔ての垣根はあるが、一軒の家と同じようなものだから、(その相手側から預かりましょうと)望んで預かったのである。


さるは、便りごとに物も絶えず得させたり。

それなのに、機会のあるたびに贈り物を(管理のお礼として)絶えずあげてきたのだ。


今宵、「かかること。」と、声高にものも言はせず。

(しかし、)今夜は、「このような有様は(どういうことだ。ひどい。)」と(従者たちに対して)大声で言ったりすることもさせない。


いとはつらく見ゆれど、志はせむとす。

非常に薄情だと思われるけれども、お礼はしようと思う。


さて、池めいてくぼまり、水つける所あり。

さて、池のようになってくぼまり、水がたまっているところがある。


ほとりに松もありき。五年六年のうちに、千年や過ぎにけむ、かたへはなくなりにけり。

(池の)ほとりに松もあった。五年、六年の間に、千年もたってしまったのだろうか、片側は亡くなってしまった。


今生ひたるぞ交じれる。

最近生えた枝が交じっている。


大方のみな荒れにたれば、「あはれ。」とぞ人々言う。

およそ全体が荒れてしまっているので、「ああ(なんてひどいこと)。」と人々が言う。


思ひ出でぬことなく、思ひ恋しきがうちに、

(そういったものなど見て)思い出さないことなどなく、恋しく思うことの中に、


この家にて生まれし女子の、もろともに帰らねば、いかがは悲しき。

この家で生まれた女の子(土佐へ赴任する時に連れて行った作者の娘)が一緒に帰らないので、どんなに悲しいことか。


船人もみな、子たかりてののしる。

舟に乗っていた他の人もみんな、子供が寄り集まって大声で騒いでる。


かかるうちに、なお悲しきに耐へずして、ひそかに心知れる人と言へりける歌、

このような間に、やはり(娘を失った)悲しい思いに耐えられないで、ひそかに気心の知れた人(紀貫之の妻)と詠んだ歌、


生まれしも帰らぬものをわが宿に小松のあるを見るが悲しさ

(この家で)生まれた子さえも帰ってこないのに、我が家に(新しく生えている)小松があるのを見るのは悲しいことだ。


とぞ言へる。なお飽かずやあらむ、また、かくなむ。

と詠んだ。それでもやはり読み足りなかったのであろうか、このように詠んだ。


見し人の松の千年(ちとせ)に見ましかば遠く悲しき別れせましや

(この家で元気な姿を)見ていた子(亡くなった娘)が千年もの寿命がある松のように(生きながらえて)見ることができたなら、どうして遠い土佐での悲しい別れをすることがあっただろうか。(いや、なかっただろう。)


忘れ難く、口惜しきこと多かれど、え尽くさず。

忘れられず、残念なことが多いけれど、書き尽くすことができない。


とまれかうまれ、とく破りてむ。

ともかく、(この日記は)早く破ってしまおう。
※最後の「早く破ってしまおう」というのは、謙遜であって、作者は初めから他人に見せるつもりで書いているので、本気で日記を破ろうとは思っていない。

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